♡第36話 疑似恋愛
一生分の鼓動を使い果たしたと思う。
長年夢見てたことが現実になったのだから、仕方ない。
私は今、ユーちゃん先生に抱きしめられている。
「決まりだね、パンダノン島」
「……うん」
私の長年の夢――それは、ユーちゃん先生と一緒にこの関係を恋だと錯覚し合うこと。
つまり、疑似恋愛をすることだ。
私はもうわかっていた。
私のユーちゃん先生に対する想いが、桁外れの依存心であるということを。
ユーちゃん先生が助け、私が助けられることでお互いの存在意義を見いだす共依存関係であるということを。そうすることで、ひとりぼっちの寂しさを埋めていたことを。
でも、頭では理解していたけど、心はその理解を放棄して恋という錯覚を生み出していた。
それが錯覚であると気づいたきっかけ――それは、正樹との初めての恋。
少し前までの私は正樹に恋をしていた。それは紛れもない事実で、ユーちゃん先生に物理的に会えないことも相まって、正樹しか見えなくなっていた。
正樹への好きは、本物の好きだった。それは間違いなく尊い感情。
でも、恋は果たして、この世で一番尊い感情だろうか。
私はユーちゃん先生が大好きだ。でもそれは、ひとりぼっちの寂しさを埋めるために心が創り出した幻の感情。いわば、『疑似恋愛』。
それに気づいたのは、正樹に会ってからだ。正樹と出会って、一瞬だけど初めて恋をすることができた。
これで前を向けると思ってた。自分も正常な女の子になれると思ってた。
でもその一瞬の恋は、14年間の依存心にはかなわなかった。
そして私はこの依存をまた恋だと錯覚しはじめている。
ユーちゃん先生に会った途端に求めてしまった。
それはある意味、当然なのかもしれない。
なぜなら、恋は自然に終わるものだけど、依存は確固たる意志がなければ終わらせられないものだから。
でも、それでいいんだ。それが一番幸せなのだ。
だってユーちゃん先生は私の全てを知っているから。ずっと私の寂しさを埋めてくれていたから。もはや私の生命維持装置だ。
なら、生きることに不可欠なユーちゃん先生への想いを、恋だと錯覚すればどうだろう。
それはこの上ない幸せではないだろうか。
そして僥倖なことに、私が14年間してきたことを、ユーちゃん先生もそうしようとしている。
そう、ユーちゃん先生もまた、この依存を恋だと錯覚して最上の幸せを求めはじめたのだ。
じゃあもうあとは、溺れるだけ。
パンダノン島の海で、一緒に溺れればいい。
さよなら、ひとりぼっちの私。
さよなら、一瞬の本物の恋。
「千歌ちゃん、遅くなってごめんね」
「ユーちゃん先生……」
「これからは、ずっと一緒にいよう」
そしてユーちゃん先生は、私の唇を奪おうとした。
長年の夢が、長年の錯覚が、今この瞬間に本物になる。
私をユーちゃん先生に捧げよう。
そう思った。その時だった。
「千歌‼」
その声は、今まで聞いたどんな声よりも力強く、恐ろしかった。
依存の深淵に自ら臨もうとする私を、強烈な引力で引きとめようとする力があった。
私の2度目のキス未遂を止めたのもまた、一瞬の恋の相手だった。
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