★第38話 永遠に続けばいいのに
目覚めたら、夜が半分明けていた。
うっすらとした淡い橙の光が、あたりをひっそりと照らしている。
千歌は隣で、俺のウィンブレを羽織って寝ている。
風邪をひかせてしまっていたら申し訳ないなと思いながら、俺はまだわずかに濡れている千歌の髪を優しく撫でた。
美しい、と思った。
「んんん……」
かわいらしい小さな唸り声が聞こえ、思わず髪から手を離した。
ややあって、千歌は目覚めた。
「んん……あ……おはよう」
「うん……おはよう」
恋の毒による昨夜の激情が思い出されて、一気に羞恥心に苛まれた。思わず目を逸らす。
俺たちの間を埋める空気は歪で、ぎこちない時間が流れた。お互いに無言。
しばらく沈黙が続いたが、強烈な朝日が廃墟に差し込んできた時、千歌が口火を切った。
「どこかに行きたい……約束」
約束という言葉は甘美だった。
『復讐が終わったらどこかへ行く』というのが約束だから。
それはつまり、復讐の終わりを意味している。
「……わかった。始発で行こう」
始発を調べようとしてスマホを確認したけど、充電は切れていた。千歌も同じ状況のようで、2人で肩を竦める。それがなんだか滑稽で、思わず同時に吹き出してしまった。
やっと空気が緩んだ。
幸い俺は財布を持っていたので、そのまま駅に向かうことを提案した。千歌はこくりと頷いてくれた。
そして廃墟を出た。その瞬間、まばゆい光に照らされた。
俺たちは自然と手を繋いでいた。
***
電車の中では、まるで修学旅行中の中学生のように喋りまくった。今まであった出来事に目を背け、くだらないことをひたすら語らった。お互いに好きな音楽や映画や漫画が似ていることにはしゃいだ。俺たちは幼かった。
そして何本か電車を乗り継いで着いたのは、河口湖駅。隣県だしそれほど遠くはないけど、なんとなく湖畔にいきたいという意見が一致した。お互いに思うことはやっぱり似ている。
駅から少し歩くと河口湖に着いたが、想像よりも小さくて拍子抜けした。名だたる観光スポットだから琵琶湖並みに大きいのかと思っていたのに、対岸が良く見えるくらいこじんまりとしていた。
きっと恋愛もこんなものかもしれない。
キスやセックスや浮気や不倫にはものすごく大きな何かを感じるし、片思いの時は相手が凄く遠くに感じるけど、実際に恋愛をしてみると全体像としてはこんなもんなのかもしれない。恋愛弱者が思うほど、恋愛強者の世界は広くないのかもしれない。
でも、それでいい気もする。例え全体像が予想よりはるかに小さくても、湖が深く、美しければそれでいい。
そんな清々しい気分で、湖畔を歩いた。
千歌と手を繋いで体温を分け合うと、さっきまであれほど痛んでいた心が凪いだ。
華乃……姫宮といるときとは、別の凪ぎ方。
もっと深く、心が温まるような……永遠に続けばいいのにと思うような凪ぎだった。
「……へっくちゅん」
くしゃみをしながら小動物のように身体を丸める千歌。
それがあまりにもかわいくて、思わず笑ってしまった。
「正樹、ひどい。風邪ひきそうなのに」
「ごめん、ごめん。一旦どこかに入ろうか?」
「……うん」
やや歩くと、河口湖隣の道路沿いにある『山梨宝石美術館』という看板が目に入った。駐車場の先に、大きな建物が見える。
「「ここに入ろう」」
その言葉は、ぴったり重なった。まるで最初に「浮気したい」の言葉がハモっときみたいに。思わず、2人で顔を見合わせて笑い合った。
多分俺たちは、波長がばっちりと合っているんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます