★第39話 恋人になった証に

 山梨宝石博物館に展示してある数ある宝石の中から、千歌はただひとつの石をじっと眺めていた。


 最初は千歌の気がすむまで待っていようと思ったけど、体感で5分くらいが経過したところで俺は声を掛けた。



「なぁ、千歌……何見てるの?」

「んー? 誕生石。綺麗だなって」

「誕生石?」

「月ごとに決まった宝石があるんだよ。知らないの?」



 誕生石なんて初耳だ。

 そもそも大方の男子は宝石に興味はないと思う。



「知らない……それで、それはなんて宝石なの?」

「エメラルド。ほら、緑、綺麗でしょ!」



 千歌に強引に腕を引っ張られたので、俺も仕方なくその石を覗いてみる。それは鮮やかで透き通った緑色をしていた。ふと思い出したのは、千歌がカラオケで飲むメロンソーダ。同じ色だ。


 そしてそれは、宝石に興味のない俺でも見とれるほどに綺麗だった。


 あれ、そういえば……



「千歌ってさ、誕生日いつなの?」

「言ってなかったっけ? 5月1日だよ」

「あーそうか……出会う前だから過ぎてるな」

「……うん、そうだね。正樹は?」

「俺? 11月1日」

「ちょうど半年違いだね」

「そうだな」



 千歌の誕生日がすでに終わっていることを聞き、少しがっかりした。

 でも、もしこの関係を恋人と呼んでいいのから、今からでも誕生日プレゼントをあげたい。


 ……あ、そうだ。



「なぁ、千歌」

「んー?」

「展示室を出たところに宝石の売店あったじゃん」

「うん」

「す、好きなの買っていいよ」

「え⁉ 悪いよ⁉」



 千歌は「悪いよ」と言いながら、瞳を宝石のように輝かせ、俺に擦り寄ってきた。この猫みたいな感じ、嫌いじゃない。というか好き。



「じゃあ、いこうか」

「うん‼」



***



 売店には、様々な宝石が所狭しと並んでいた。

 安いものは数百円、高いものは見るのも憚られる値段だ。


 千歌は真っ先に誕生石のネックレスのコーナーに駆け寄って物色し始めた。幸いにもどれも数千円だったので、ほっと胸を撫でおろした。



「ねーどれがかわいいかな? これ? それともこっち?」

「あー、どれでもいいんじゃない?」

「もー、正樹のバカ‼」

「何度目やねん、それ」

「なんやねん、その関西弁」

「お前もや」



 俺の適当な返事に頬を膨らませていた千歌が、ふっと空気を吐き出し、笑った。つられて俺も笑う。その声がやけに売店に響いてしまい、慌ててお互いの口を塞ぎ合った。なんだかそれも滑稽で、やっぱり笑い合った。


 楽しい。ものすごく。


 そして千歌が途轍もなくかわいい。



「じゃあさ、このハートのがいいんじゃない?」

「うん! 私もこれが1番いいって思った!」

「じゃ、少し遅めの誕生日プレゼントってことで」

「わーい! 正樹、すきっ!」



 不意打ちの『好き』はあまりにもずるい。思わず心臓が跳ね、顔が上気する。それを隠すために、早歩きでレジへ向かった。

 千歌も俺の後をついてきているみたいだ。



「商品はこちらでよろしいですか?」

「はい」

「ネックレスの長さを無料で調節できますが、いかがなさいますか?」

「あ……」

「はい、お願いします!」

「では、こちらでご試着ください」



 千歌は嬉々としてレジから移動し、3パターンくらいの長さを試して1番短いチェーンを選んだ。


 店員さんが石を移し替える時、千歌がふと呟いた。



「そういえば、誕生石の意味って何だろう?」

「意味? 花言葉的なやつ?」

「そうそう。あるらしいんだけど、知らないんだよねー」

「俺も……」

「だよね。調べてみる」



 そういって千歌がスマホで検索しようとしたとき、店員さんがすっとやって来た。



「エメラルドは幸福や夫婦愛を表す石なんですよ」

「そうなんですか!」

「『愛の成就』って意味も持っています」

「へー、素敵ですね!」

「実は浮気を防止する意味も持っているので、浮気封じのお守りとしても重宝されています」

「「……ぷっ」」



 俺と千歌が吹き出したのは、ほぼ同時だった。店員さんは目を丸くして、不思議そうに小首を傾げている。


 俺たちはお互いに好きな人がいて、浮気による復讐のために仮の恋人になった。


 いわば、疑似浮気のための偽恋人。


 それが今は、疑似浮気を放棄して、本当の恋人になった。


 その証として初めて買ったプレゼントが浮気防止の意味を持つアクセサリーだなんて……俺たちって、なんか滑稽だな。


 可笑しいよ、すごく。でも、幸せだ。



「店員さん、すみません、なんでもありません!」

「……は、はぁ。では、レジへお願いします」

「あ、ちょっと待ってください!」


 

 千歌はそういうと、走ってどこかへ行ってしまった。

 ややあって、四角い透明なケースを持ってきた。中には米粒ほどの小さなメロンソーダ色の石が入っている。



「これ、いちばん安いエメラルド。浮気防止……ってか、これ正樹も持ってて!」

「……お、おう」



 千歌は抜かりない。

 こんなに千歌を好きな俺が、俺が浮気するはずがないのに。



「浮気しないでね!」

「……千歌もな」



 こうして俺たちは、浮気封じのお守りをお互いに持つことになった。



 恋人になった証に。


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