★第22話 絶対に勝つ。千歌は渡さない。

 真島先輩はカリスマ性がある。そのカリスマ性ゆえに、男女問わず人気が凄まじい。

 だからいつしか俺たちのコートの周りにはサークルの奴らの人だかりができていた。恐ろしいことに、ほぼ全員が真島先輩びいき。


 ……せめて、せめて千歌にだけは俺のことを応援して欲しい。



「じゃあ、橋本。準備はいいか?」

「いつでもどうぞ」



 5ポイントマッチは、文字通り5ポイント先取した方の勝ちだ。

 通常のバドミントンの試合は1ゲーム21点先取した方の勝ちだからそれに比べればだいぶ短い試合だけど、その分1つのミスが命取りになる。


 そして、何より瞬発力やメンタルが重要になってくる。一瞬でも気を抜いてはいけない。


 緊張感が漂う中、真島先輩のサーブにより試合は開始された。



「真島先輩、すごーい!」

「きゃー!」



 それはあっという間だった。

 ものの数回ラリーをした後、俺が甘い球を返したばかりに真島先輩の強烈なスマッシュを食らってしまったのだ。


 バドミントンのシャトルの速さは最大493km/h。勿論これはプロのギネス記録だけど、真島先輩も200km/h以上のスマッシュを打つ。それを絶妙なコースで決められてしまったので、ただ茫然と過ぎ去るのを見ているしかなかった。


 その後も真島先輩に圧倒され、4対1とあっさりマッチポイントになってしまった。こうなると、俺もお手上げに近い。


 やっぱり無理か……。


 すると「真島先輩ー!!」とうい女子たちの声援に混じって、「正樹がんばれー‼」という声が聞こえた。俺のことを下の名前で呼ぶのは1人。千歌だけ。


 その声援のおかげで俄然やる気が湧いてきて、今までにないパフォーマンスを発揮することが出来た。

 

 千歌が応援してくれている。


 それだけで力がみなぎり実力以上の動きができるのだとしたら、人間の能力というのは技術以上に心によるものが大きいのだと実感させられる。


 そして何より、この短期間で俺の中での千歌の存在がここまで大きくなっていることに驚かされた。



「え、あれ橋本だよね? すごくない?」

「なんか今日はかっこいいかもね」



 ギャラリーがざわつく。俺が奇跡的に連続で3ポイントを獲得してデュースにもちこむなんて、誰が予想できただろうか。


 真島先輩がより一層真剣な顔になる。俺も大きく深呼吸をする。

 多分お互いに思っていることは同じ。でも、想いは俺の方が強い。


 絶対に勝つ。千歌は渡さない。


 

「真島先輩負けないで!!」

「橋本くんもファイトッ」

「正樹、いける!!」



 真島先輩のサーブは強烈だった。返す球が甘くなり、その後は俺が左右に振られた。この展開はまずい。でも、必死に食らいつく。


 勝ちたい。勝てる。勝つ。

 諦めない。


 人生でこんな気持ちになったのは初めてだった。どうせ出来ないなら傷つく前に諦めた方がいい。そういうふうに考えて、楽な方に流されてばかりだった。

 俺が今まで恋愛弱者だったのも、多分これが理由なんだと思う。


 その俺が、千歌という存在がいるだけで、こんなに変われるなんて。


 恋愛の力って、こんなにも強力なんだ。


 そう、思った時だった。


 真島先輩の強烈なスマッシュが飛んできた。それは普段ならただスルーするしかないような強烈な攻撃だった。


 でも、俺は勝ちたいという思いが強すぎてそれに食らいついてしまった。

 それがまずかった。



「……ッたああああああああ」



 シャトルをすんでのところで打ち返した俺は、代わりに思いきり足首を捻挫した。





 ――今になって思えば、この出来事はこれから起きる禍事まがごとの前触れだったんじゃないかと思う。


 想いが強すぎると、必ず痛みを伴うことになる。

 それは何事においても、誰にとっても平等にそうなのだ。


 そう、恋愛に関しても。

 俺にとっても、千歌にとっても。


 そうなることなんて、この時の俺はまだ予想もしていなかった。


 


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