★最終話 また千歌に出会うまでは
手を繋ぎ、雑草の上で寝ころんでいた。
空を泳ぐ雲が月の上を通過する光景を、じっと見ていた。
もう俺たちに言葉はいらない。ただ、繋ぐ手から確かな熱と感情を行き来させていた。空を泳ぐ雲のように。
永遠に続くと思っていた。
でも、夜明けは凄まじい速度でやってきた。
そしてそれは、別れを意味していた。
千歌の母親は今回の件で俺を嫌っている。それもそうかもしれない。自分は彼氏である先生に別れを告げられたのに、娘は彼氏から粘り強く引き留められているのだから。
千歌も言っていた。「女の嫉妬は親も子も関係ない」と。
だから、見送りにはいけない。
家まで送りたかったけど、どこに母親がいるかわからないからと千歌に止められた。
つまり、この河川敷が俺たちの別れの場所になる。
種類のわからない鳥が鳴き始め、やがて千歌は口火を切った。
「絶対に浮大に行くから待ってて」
その言葉に救われた。鹿児島に行っても俺のことを想ってくれる。その想いが聞けただけで、俺はこれから始まる心の痛みにも耐えられる気がした。
「ありがとう。……たった半年、だもんな」
「うん、たった半年」
「待ってる」
「ありがとう」
俺は千歌を抱き寄せた。永遠に離したくないという想いを、これから好きでいることを、身体で伝えた。
千歌も力強く抱きしめてくれた。
永い抱擁の後にそっと身体を離すと、首元のエメラルドが煌々と輝いていた。
でも、千歌の笑顔と、頬を流れる雫の方が、ずっとずっと眩しかった。
***
俺たちの関係はあっけなく終わった。
千歌からの連絡が途絶えたのだ。それはあまりにも突然だった。
千歌から飛行機に乗る前に【今日は『きみに読む物語』でも観ようかな】というメッセージを受けたのを最後に、俺はブロックされた。
訳がわからなかった。
あんなにお互いを想い合って、キスをして、約束を交わしたのに。
このやり場のない感情の処理の仕方がまるで解らなかった。
泣いて、叫んで、放心して、また泣いて……でも、苦しみが消えることは決してなかった。
だからそれからは、生き地獄だった。
山梨で撮った最初で最後の写真。あれを見ては、心が荒んだ。何度もないた。でも、見ずにはいられなかった。千歌を見ていたかった。
あまりにも辛すぎて、苦しすぎて、一度鹿児島に行きもした。
でも、何処に住んでるかもわからず、結局会うことはなかった。
帰りに、空港で慟哭した。でも、やっぱり苦しみは消えなかった。
恋愛は狂気だ。
あんなに嫌悪感を抱いていた千歌の母親の気持ちが痛いほどわかった。好きな人に突然切られることが、どれだけ心を蝕むのかを。
とにかく、狂おしいほどに心が痛かった。きっともう立ち直れない。
……思えば、俺と千歌の恋は最初から歪だった。
疑似浮気をしかけて復讐したいという気持ちから始まり、結局真島も姫宮も浮気をしていなかったという結論に至り、そこから先生と皆川の狂気に巻き込まれ、千歌の母の狂気に巻き込まれ、望まない形で終わりを迎えた。
これも疑似浮気の天罰かもしれない。他人の恋愛に干渉しようとしたから、想いを踏みにじろうとしたから、自分に超えがたい試練がふりかかってしまったのかもしれない。
だから俺は決めた。
もう、恋はしないと。もう、恋愛の狂気には呑まれないと。
……また千歌に出会うまでは。
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