★第20話 復讐は、千歌のためにやり遂げる

 眠れなかった。ずっとあのことを考えていたから。


 姫宮と帰っている時に見た2人の後ろ姿。

 あの瞬間、感じたことのない激しい感情が心を支配した。


 あれは――嫉妬だ。


 もちろん、あれが復讐だってことは理解した。でも、ずっと俺を頼っていた千歌が俺に何も告げずに行動していることに心が痛んだ。


 そして行きつけのカラオケ店に2人が入った時、憤怒した。


 千歌は……もしかして本当に真島先輩に惚れたのか?


 そう考えるだけで気が気ではなかった。でも次のエレベーターはなかなか来ないし、あの雑居ビルは店舗へ行く階段がどこにあるかわからない。


 おまけに上に上がった時には会計の列が混んでいて、大幅な時間ロスをしてしまった。


 ずっと苛立ちと焦燥と憤怒と不安が心の中で綯い交ぜになっていて、破裂しそうだった。


 やっと受付を済ませて全力で店内を駆け回り、2人の居場所を突き止めた。


 俺たちがいつもいる11番の隣の部屋。そこで、2人がキスをしようとしている。


 ……そこから先はもう何も覚えていない。弾ける感情に身を任せ、とにかくキスを制止して千歌を奪うことに必死だった。


 あとから千歌なりの作戦を邪魔してしまったんだと思って反省したけど、やっぱりあの2人がキスをしてしまったら、俺は耐えられなかったと思う。


 そんな激しい感情を思い出しては心が痛くなり、一睡もできずに朝を迎えた。



 清々しい朝だ。


 

 本当は昨日、千歌がもう復讐を辞めたいと言えば、この想いを伝えてしまっていたと思う。

 でも、千歌はまだ復讐を続けたいと言った。


 それはやっぱり俺のことなんて眼中になくて、先生に傾倒しているからだろう。


 心が張り裂ける思いだったけど、千歌なりの作戦を壊してしまったから、挽回するために新たな作戦を練るしかなかった。



 重たい身体を起し、俺は身支度を始めた。



 ――復讐は、千歌のためにやり遂げる。



***



「準備はいいか?」

「うん、緊張するけど……大丈夫」



 ユニフォーム姿の千歌は、ものすごくかわいかった。この姿を真島先輩に見せるのは惜しい。でも、復讐のためにはやむを得ない。


 俺たちはゆっくりと体育館へ足を踏み入れた。


 まず最初に向かったのは、体育館の片隅でストレッチをする皆川の元だった。



「皆川」

「あ、橋本くん、やほっ……え」


 

 皆川は、千歌を見た途端に身体を強張らせた。恐らくコーヒーをぶっかけられた記憶が蘇ったのだろう。千歌自身もばつが悪そうな表情を浮かべている。


 俺は気にせず、皆川に話を続けた。



「これ、スポーツタオル。この前は本当に助かった、ありがとう。ちゃんと洗ったから」

「う、うん。それは全然いいんだけど……この子は?」

「紹介するよ。五月女千歌、俺の――」

「橋本、どういうつもりなの?」



 突然、背後から低い声が聞こえた。それは険しい顔をした真島先輩だった。

 その険悪な雰囲気に臆せず、皆川は「真島先輩、おはようございます!」と元気よく挨拶をして近寄っていった。



「おはよう。ちょっと橋本たちと話したいから、一旦ここを外れてくれる?」

「え……は、はい」



 皆川は困惑の表情を浮かべて逡巡したが、やがてコートの方に戻っていった。

 


「お、おはようございます、真島先輩」

「なんで女子高生を連れてきてるの?」

「へっ……」



 あれ、千歌が女子高生ってバレてる?

 千歌を一瞥すると、申し訳なさそうな顔をした。


 真相が気になるけど、今は我慢しよう。



「もしかして、俺への当てつけとか?」

「そんなつもりはないですよ、真島先輩」

「じゃあどういうつもりなの?」



 真島先輩はいつになく苛立っていた。無理もないだろう。口説こうとしているところを邪魔した俺が、サークルに千歌を連れてきたのだから。


 でも、真島先輩にはもっと千歌にゾッコンになってもらった上で、最後に俺が彼氏だという必要がある。


 今の段階だと、きっとまだ千歌への想いはぽっと出に過ぎないから、まだ俺とは恋愛関係にないことを示さなければならない。



「真島先輩、五月女千歌は――」



 俺は深呼吸をして、力強く言葉を発した。



「千歌は俺のです。恋愛感情は全くないけど、易々と手を出さないでくださいね」



 真島先輩は、信じられないくらいに目を見開いた。


 

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