♡第7話 その瞳の中には、私が映ってる
外をどす黒く彩っていた雨は、すっかり止んでいた。
街は新たな夜の色に染まって、ころころと変化していく。
私の心も、似たようなものかもしれない。
ワクワクとソワソワとムズムズとグズグズをローテーションして、もう20分になる。サイコロみたいにころころする私の心。
すると前方から、見覚えのあるユニフォームが近づいてきた。
「はぁ、はぁ……お待たせ。待った?」
視線を上げると、橋本さんがいる。
最初の感情は……ウズウズ。
でも本当の感情は隠したいから、怒ってるわけじゃないけどあえてほっぺを膨らませてみる。
「橋本さん、遅い。もう20時20分だよ。あ~、寒いなぁ」
「寒いって……まだ5月だよ?」
「……寒いの」
あー、橋本さんは察しが悪いな。
私は昨日みたいに橋本さんの腰に手を伸ばし、ウィンブレをほどいて羽織った。
2回目のシチュエーションなのに、昨日みたいにあたふたしてる。なんだか面白くて、笑えてくる。
「え、え、何がおかしいの?」
自分の顔や髪を触って異常を確認する橋本さん。余計におかしくて、もう笑いが止まらない。
両手でお腹を抱えて、普段は隠している引き笑いを出してしまった。
「年上をバカにしないでね?」
「あはは、ぜ~んぜんバカにしてないよ、あはは」
「そもそも昨日が初対面だったのに、いつの間にかタメ口だしね。もしかして、舐めてたりする?」
「それは……」
あれ、なんでだろう。そういえば橋本さんには昨日からタメ口だ。
年上にタメ口使うのは、ユーちゃん先生くらいなのに。
それに、復讐を提案してくれた橋本さんだもん。舐めてるはずはないんだけどなぁ。
よくわからなくて首を傾げたら、橋本さんの顔が赤くなった。
それもよくわからないけど、ほんとにこの人、面白い。
「……ま、まぁ、じゃあ行こうか」
橋本さんが前を向いて歩きだした。人混みだから、はぐれないようにユニフォームの裾をつかむ。そしたら、橋本さんがビクッて反応した。
やっぱりこの人、面白いなぁ。
……そういえば、今日はどこに行くんだろう?
昨日の現場検証かな?
「もしかして、ラブホ? いくの?」
「……ちょ、ば……」
橋本さんが顔を真っ赤にして戸惑っている。どうやらラブホで検証はしないらしい。
逮捕されるの、嫌がってたもんね。
すると橋本さんは、伏し目がちに小さく呟いた。
「……カラオケ」
***
橋本さんが連れてきてくれた場所は、亜美や真由とよく行く雑居ビル5階のカラオケ店。
あんまり新しくないエレベーターに乗り込む。なんだか昨日のラブホのエレベーターと似ていて、ちょっぴりだけドキドキした。
「つ、ついたぁ~、いこうぅ」
少し上ずった声の橋本さんは、エレベーターを降りると足早にレジに向かった。
まもなくマイクとコップを持ってきてくれたので、早速個室に向かう。
私たちの部屋は、11番だ。運よく目の前にドリンクバーがある。
「あ、橋本さん。先に飲み物いれちゃおうよ」
「そ、そうだな」
私はコップにメロンソーダをなみなみと注いだ。
これは癖だ。他の人が歌ってる最中に飲み物を入れに行くと嫌われちゃいそうだから、予めたっぷりといれておく。
でも今日はそもそも歌わないから、あんまり意味ないや。
「五月女さん、それ入れすぎじゃない? ヤバッ」
「いーの」
癖でいれちゃったんだもん。ぷぅ。
というかそれより!
「橋本さん、何してるの⁉」
「え? ああ……コーラとオレンジを混ぜるとおいしんだよ」
「ふ~ん。……あ、橋本さん、左にハエが‼」
「ひゃっ、どこ⁉」
「えい‼」
私は急に意地悪がしたくなって、橋本さんに嘘をついてそっぽを向かせた。
そしてすかさず、コーラとオレンジが混ざったコップにメロンソーダを追加した。色がどんどん濁ってく。
「ハエはいない……って、ええええ⁉ なにやってるの‼」
「メロンソーダ、お揃いだね♡」
「……勘弁してくれ」
橋本さんをいじるの面白い!
***
狭い個室にびっくり。シートが一つしかない。
友達とくるときはもう少し大きい部屋なんだけどな。
だから私たちは、必然的に隣に座ることになった。なんだかちょっと緊張して、喋ることが思いつかない。
カラオケの告知映像のうるさい音が、辛うじて沈黙を埋めている。
橋本さんを一瞥すると、顔をしかめながら濁ったジュースを飲んでいた。
「……おいしい?」
「……飲む?」
「ううん、いい」
自分で入れておいてだけど、正直飲みたくない。
だって、メロンソーダだけの方が絶対おいしいもん!
「恋愛って、こういう味なのか……」
「えっ⁉」
「あ、いやなんでも……」
橋本さんから急に哲学的な言葉が出てきてびっくりしちゃった。
なんだかその言葉が復讐に絡んでそうで、すっごく気になる。
「ねぇ、それどういう意味? 教えて‼」
「いや、なんでもないって……」
「教えてよ~」
「いや、近い……」
橋本さんが壁側に身を寄せて私をかわそうとするから、私も負けじと橋本さんに寄る。シートに膝をついて前かがみになって、ぐいと顔を近づける。
だって私は、一度気になったら答えを知るまで引き下がらない性格だから。
とにかく、絶対に教えて欲しい‼
「ねぇ~、教えて教えて教えて」
「だ、だから近い……! ついぽろっと出ちゃっただけで――」
「「ん」」
私たちの声が重なる。
バランスを崩した私のせいで、お互いの鼻がこつんとぶつかっちゃった。
今、私の瞳に映ってるのは、橋本さんのライトブラウンの瞳。
その瞳の中には、私が映ってる。
……心臓がきゅん、と音を立てた。
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