★第31話 俺の心に雨が降る

 5月の恋は、濃厚で短かった。

 6月の雨は、憂鬱で長引いている。


 あのデートを境に千歌とは連絡が途絶えた。

 途絶えたというよりも、自然消滅という言葉が適切かもしれない。


 小屋の前で抱きしめ合っていた2人は、きっと今頃ベッドの上で抱きしめ合っているのかもしれない。


 そんな想像をするたびに心が狂おしいほどすさみ、時に五月雨のような涙が溢れた。


 だから真島先輩に会わないように、ついにサークルに顔を出さなくなった。

 その代わり、姫宮……華乃の送迎は続けている。


 華乃はとてもいい子だ。千歌が最初に言っていた性格の悪い子じゃない。



「お待たせしました」

「今日もお疲れ様」



 塾から出てきた華乃は、今日も相変わらず美しかった。

 俺は持ってきた傘を華乃の方へ傾ける。すると彼女はひょいと傘の中に入ってきた。


 1本の傘を、2人で分ける。それは恋人という関係に近い意味を含むのかもしれない。



「ねぇ、正樹」

「ん、なに?」

「もう善意で送迎しなくていいよ」



 その言葉に、思わず足が止まる。しばしの静寂を雨音が汚す。


 華乃はついに、俺が必要なくなってしまったのだろうか?

 千歌がいない今、華乃にまで拒絶されたら、俺はどうすればいいのだろう。


 2人に出会う前は1人が当たり前だったのに、なんで1人に戻ることがこんなに怖いんだろう。


 俺の心に雨が降る。



「最近、ストーカーの気配がしなくなったの」

「……へ?」

「きっと正樹のお陰」



 それは慮外な言葉だった。

 『ヒーローSAVE姫宮LOVE作戦』の時のストーカーは千歌で、あの日以来、千歌は俺たちをつけていない。だからそもそも気配はしないはずだ。


 なのに『最近』とはどういうことなのだろうか?

 まさか本当にストーカー被害に遭っていたのだろうか?



「だからね、正樹」

「……へ?」

「今度は善意じゃなくて、ストーカーが理由じゃなくて、ただ一緒に歩きたい」



 華乃は俺の方を向いて、澄んだ瞳で俺の目を刺した。



「正樹、好きです。私と正式に付き合ってください」



 華乃が俺に落ちた。


 俺の手から傘が零れ落ちた。


 ただ茫然と立ち尽くす中、最初に思ったことは千歌のことだった。


 もしまだ復讐に効力が残っているなら、ここで俺は千歌と恋人だということを打ち明けるべきだ。そうすれば、華乃にダメージを与えることが出来て、復讐成功だ。


 だけど千歌と自然消滅した今、果たして復讐はまだ続いているのだろうか。


 目の前にいるのは綺麗な心と美しい容姿を兼ね備えた女子高生。俺にはもったいないくらい魅力的だ。

 そんな子が俺を『好き』だという。


 華乃といると心は凪ぐ。

 千歌といると心は痛む。


 その痛みこそが恋愛だと知ったけど、でも今の俺にとっては、今目の前に佇む純粋な少女が必要なんじゃないだろうか。


 俺は雨に濡れながら考える。

 華乃も雨に濡れながらじっと待ってくれる。


 俺は、決めた。



「華乃――」



 ピロリンッ



 俺が返事をしようとした瞬間、スマホが鳴った。

 咄嗟に我に返り、傘を拾って華乃に差し出す。



「濡らしてごめん」

「ううん」

「ちょっとだけ確認していいかな」

「わかった。大丈夫だよ」



 本来は告白の返事の方が大事なはずだ。でも、この時の俺は何故かスマホを見なければいけない気がした。


 そしてその予感は当たっていた。



【たすけて。河川敷】

 


 文字を見た瞬間、身体は動き出していた。


 

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