★第12話 もしも普通の恋人だったら
コーラとオレンジをコップに注いだが、今日は五月女にもう1種類を追加されることはなかった。
11番の狭い個室で、隣を一瞥する。
五月女はちびちびとメロンソーダを飲み、やけにしょんぼりとしていた。
「大丈夫だって。連絡先は交換できたんだし」
「でも……真島さんのこと落とせなかった」
「今日に関してはイレギュラーだった。でも、手旗信号で『モドレ』って言ったけど、果敢に実行しようとしてくれてたじゃん」
「手旗信号、わかんなかった」
「……そっか」
手旗信号って通じないんだな。次からは×とか〇とかを手で作って指示しよう。
なら次は――
「よし、じゃあ今度は俺の番だ」
「え……もう次の作戦考えてるの⁉」
「ま、まあな」
「橋本さん、やっぱり天才‼」
「そ、それほどでもぉ」
いけない、また声が上ずった。
本来俺はこんなに積極的なタイプではない。グループ行動をするときはいつも与えられた役回りを淡々とこなすだけで意見はしない。
でも、五月女に『天才』と言われることが嬉しくて、ついつい張り切ってしまう。
「次の作戦はなに⁉」
「ずばり……『ヒーローSAVE姫宮LOVE作戦』だ」
「なんか戦隊モノみたいでいいねっ!」
五月女が小さな手でぱちぱちと拍手をしながら破顔した。
俺の作戦に諸手を挙げて賛成してくれるところもかわいい。
「それで、どんな作戦なの⁉」
「うん。簡単に言えば俺がヒーローになるんだ」
「橋本さんがヒーロー?」
今度は目を大きく見開いてきょとんとしながら首を傾げる五月女。
なにこれめちゃくちゃかわいい。
わかった。俺、リアクションが大きくて喜怒哀楽が豊かな子に弱いわ。
そういえば皆川もそうだし。
「女子って、自分が困っていることに対して親身になって助けてくれる人に心が動くだろ?」
これはギャルゲーで学んだ。
「うん! 私もユーちゃん先生に勉強を教えてもらったり相談に乗ってもらったりすると、ときめいちゃう」
「やはりな。だから俺が、姫宮さんの困っていることを助けてヒーローになるんだ」
「頭いいね! でも、姫宮さんと接点がないのに助けることってできるの?」
「ふっふっふっ」
五月女は絶妙だ。俺が質問して欲しいことをズバッと言ってくれる。
こういうふりがあると気持ちよく説明ができる。
「接点がないことは問題じゃないんだよ」
「え、そうなの⁉」
「うん。自分たちで姫宮さんが困る状況をつくるんだ」
「え、どゆこと⁉」
その方法はいたってシンプルで、恋愛弱者の俺にでもできる。
内容を端的に説明すると、五月女は「ほぇ~‼ そんなの考えつかなかった‼」と感動してくれた。
「でもこの作戦を実行するには、姫宮が外出する日を知らなきゃいけない。流石に俺はできないから、五月女、なんとか調べられるかな?」
「うん! 私の友達の友達が、姫宮さんと友達だから多分わかる!」
おお。女子高生の連絡網ってすげー。直接の知り合いじゃなくても、知る術があるなんて。
五月女は早速誰かにチャットを送信すると、そのまま大きく伸びをした。
白いレースのワンピースがぺとっと肌に密着して、身体のラインが強調される。今まで気づかなかったけど、ロリ属性の割に胸が意外とある。しかもここは、狭い狭い個室。
やべぇ、興奮する。ロリで巨乳はヤバいって。
……いやだめだ、この子はJKだ。
薄れかけた理性を取り戻すため、俺は両頬をぺちぺちと叩いた。
「あれ~、橋本さん、私のマネしてるでしょ」
「……へ?」
「気合い入れる時とか、私ほっぺをぺちぺちするんだぁ。ほら、公園でもしてたの見たでしょ?」
「あ、ああ……」
すみません、見てませんでした。
「ずっと一緒にいると、癖がうつっちゃうんだね」
突然胸のあたりがきゅうとなり、思わず五月女から視線を逸らす。
『ずっと一緒にいると』という言葉が妙にここに刺さって、脳内保存される。
俺たちはあくまで復讐を実行するためのチームであり、恋人というのはただの設定。それに相手はJKで、俺にも五月女にも好きな人がいる。
だけど……もしも、もしも普通の恋人だったら。
五月女が本物の彼女だったら。
一瞬そんなバカげた考えが頭をよぎったが、それは五月女の唐突な大声によってかき消された。
「女々しくて! 女々しくて! 女々しくて! 辛いよぉぉ~」
「……どえええ? 急に? いつの間に入れてたの?」
「だってカラオケだもん‼ ぱーっと歌っちゃお? はい、マイク‼」
「……お、おう」
こうして、俺と五月女の、決してうまくはない声が重なって、決して本物ではない甘い時間が流れた。
「浮気したい」という言葉がハモって始まったこの関係。
今は「君と手を繋ぎ踊りたい」という言葉がハモっている。
この曲が今日の俺の心情にピッタリハマったことは、五月女には秘密だ。
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