♡第9話 だって『復讐』、最高なんだもん‼

 どうしよう。ライトブラウンの瞳に吸い込まれそうで、一瞬、ほんの一瞬だけうなずきそうになっちゃった。


 でも私が好きなのは、ちっちゃいころからユーちゃん先生だけ。

 私の彼氏になるのも、未来の旦那さんになるのも、ユーちゃん先生だけ。


 これは私の中の決定事項で、昨日会ったような人に揺らいじゃいけない。

 ……いや、ちっとも揺らいでなんかないもん。


 だから、ちゃんと断ろう。



「橋本さん、お気持ち嬉しいです。でも、付き合えません。ごめんなさい。だけど、復讐は一緒にしたいです」



 私は深々とお辞儀をして、丁重に断った。

 

 付き合うのは無理だけど、同志を辞められちゃったら困る。

 復讐できなくなっちゃうのは絶対にイヤだ。



「えっと五月女さん、顔上げて?」

「はい……」

「あの……もちろん、本当に付き合うわけじゃないよ?」

「……へ?」



 え? え?

 本当じゃない付き合うってなに?


 頭が疑問符で埋め尽くされて、思わず両手で頭を抱えちゃった。



「復讐のために偽の恋人なるんだ」



 偽の恋人……?


 早とちりしてた私の方が恥ずかしいじゃん!

 さっきの言葉に一瞬でも頷きそうになった自分、やだ!


 あーもう……



「橋本さんの、ばか‼」

「え、え……? なんで俺今、罵倒されたの?」

「偽なら偽って最初にゆってよ‼」

「あ、や……説明しようとしたら五月女さんが……」

「ばーか! ばーか! んべーだっ!」



 こういうとき、子どもっぽくなっちゃう自分もやだ。

 

 もう、全部やだ。


 むしゃくしゃした私は、橋本さんの肩を両手で交互にぽかぽか叩いた。

 すると橋本さんが、私の手首をバッと掴んで、また見つめてきた。



「ご、ごめんて……あの、最後まで聞いて欲しい」

「……はい」



 ダメだ、見つめられると従っちゃう。



「俺の好きな子……皆川にさ、真島先輩が浮気してること言ったんだ」

「え……」



 橋本さん、もう自分から動いてたんだ。はやいよ。

 この人は色々自分で考えてるんだなぁ。


 あれ、私は自分から何かしたかな……。



「そしたら、どういう反応したと思う?」

「え……泣いたの?」

「うん、大泣きしてた。でも、すぐにいつもの笑顔を貼り付けて、それでも真島先輩と付き合いたいって言った。正直、訳がわからなかった」



 そんなことがあったんだ。

 橋本さんはわからないって言うけど、私はその気持ち、すごくよくわかる。


 ユーちゃん先生が姫宮さんとキスしたって知って、全部がいやになった。私の王子様が他の女の子に取られちゃうなんて信じたくなかった。


 でも、ユーちゃん先生のことは全然嫌いになれない。寧ろ自分の嫉妬心に気づいて自分がいかに彼のことを好きかを思い知らされた。



「だって自分を裏切った相手だよ? でもさ、俺、それでわかったんだ。恋愛弱者……いや、恋愛経験が薄い俺が言っても説得力はないかもしれないけど、一度人にどっぷりハマったら、なかなか抜け出せなくなるんだって。例え浮気されたとしても」



 橋本さんの言葉は、本質をついてると思う。


 仮に私とユーちゃん先生が恋人で浮気されたとしても、私はそこで関係を終わりになんて出来ないと思う。


 だって、心は一度ぐちゃぐちゃになると、一筋の光にすがりたくなるから。


 その光が皆川さんにとっての真島さんで、私にとってのユーちゃん先生だ。

 

 太陽に黒点があっても日の光が濁らないように、彼らにどんなに黒い部分があっても私のことを明るく照らしてくれることに変わりはない。



「だからこう考えた。五月女さんが真島先輩を、俺が姫宮さんをなんとか落として、どっぷりと自分に惚れさせる。抜け出せない状態にまで持ってく。ここまでは昨日も言ったけど、もっとダメージを大きくするために、相手から告白されたら自分に恋人がいると打ち明けるんだ」



 なるほど!

 橋本さん、めちゃくちゃ頭いい。



「今までは恋愛強者……いや、恋愛玄人として自分が浮気する側の人間だったのに、実は自分が遊ばれていたと知ったら? 自分が浮気相手に成り下がったとしたら? それでも相手のことが諦められないくらいどっぷりハマってたとしたら? その絶望たるや、凄まじいものがあるんじゃないかと思う。これが俺の考える、『復讐』。……どうかな? だめ、かな……」



 さっきまで饒舌に話していた橋本さんが、急に子犬のように弱々しくて不安げな顔になった。


 橋本さんは時折自信なさそうに喋る。

 もしかしたら、心は濁りミックスジュースのように不穏な色を帯びでいるのに、それ自体に戸惑っているからかもしれない。


 でも、橋本さんが不安になることはないよ。


 だって……



「橋本さん、てんっっっさい‼」

「あ、いや、それほどでも……って、近い! は、離れて、ヤバいって!」

 


 私は思わず橋本さんに飛びついて首に腕を絡めてしまった。

 橋本さんは嫌がってるみたいだけど、これはしょーがないよ。


 だって『復讐』、最高なんだもん‼



「それで、私はどうやって真島さんを落とせばいいの?」



 少し腕を緩めて顔を上げ、橋本さんの顔を見る。


 間近な彼の顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。なんかかわいい。



「ほんと、ヤバかった……」

「え、なになに?」

「いや、なんでもない……」



 私から目を逸らし、橋本さんはぼそぼそと何かを呟いた。

 なんてゆったんだろう?



「えー、聞こえないよ~」

「だからなんでもない……あ、それより、あのさ……」

「うん?」



「きて……浮大。土曜日に」



 こうして、橋本さんと私の復讐劇が幕を開けた。

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