♡第10話 コーヒーWETデートGET作戦 

 抜けるような青空が復讐心の邪魔をする。

 土曜日特有のウキウキを押し殺すために、頬を両手でぺちぺちと叩いてみた。


 ちょっと痛い。



「気合い、いれてるの?」

「わっ! ……びっくりした、橋本さん! 驚かさないでよぉ」

「いつも五月女さんが驚かすから、仕返し」



 一瞬、心臓が跳ねる。ベンチに座る私の肩をぽんっと叩いたのは、橋本さんだった。

 

 約束の時間より早くついちゃったから、集合場所の校門にいく前に隣の公園で待機してた。だからまさか橋本さんがここにくるなんて、思ってもみなかった。


 木漏れ日がベンチをドット柄にしている。それを遮るように、橋本さんが隣に座ってきた。

 ベンチの代わりに、チノパンがドット柄になる。



「橋本さん、普通の洋服着るんだね?」

「あ、当たり前だろ。いつもユニフォームなわけないって」

「黒いポロシャツ、似合ってるね」



 橋本さんが視線を空に移し、人差し指で頬をぽりぽりとかいた。

 もしかして、照れてるのかな?



「あーこれ、BENCH/ってブランドのでさ……フィリピンの」

「フィリピン?」

「あー、俺ハーフでさ。で、ここの洋服好きなんだ。日本のユニクロ的な感じ」

「へー! ハーフなんだ! 意外!」

「と、というか、さ、五月女さんこそ……落とす気満々っていうか」

「当たり前じゃん‼ 華の女子大生コーデだよんっ」



 私はひょいとベンチを立ち、眩しすぎる陽射しを浴びた。

 片足でくるっと一回転してモデルポーズを決めてみる。


 白いレースのワンピース、好きかな?

 ……真島さんがね。


 でも一応、同じ男子大学生の橋本さんの意見も聞きたい。

 ……一応ね。



「どうですか、橋本さん?」

「え、あ、どうって……何が?」

「橋本さんの、ばか‼」

「え、え……? なんで俺今、罵倒されたの?」

「モテないでしょ?」

「ぐぇ……ひ、ひ、人並み……には……ど……」



 途端にしどろもどろになる橋本さん。

 女子を褒めるという概念がないなんて……さてはこの人、彼女いたことないな。てことは、あの姫宮さんのことを落とせるのかな? 


 急に不安になってきた……ううん、今日は私が、頑張る日‼

 


「じゃあいこっか、橋本さんっ」

「あ、あ、ああ……」

「土曜日も授業なんて、大変だね」

「そ、そ、そうだね……」



 私は気合を入れるためにもう1回頬をぺちぺち叩いて、校門へ向かった。



***


 

 やってきたのは、500人くらい収容できる規模の大教室。

 その大きさにちょっとだけ腰が引けた。


 あと1年したら、私もここに通うんだ。別世界が待ってるんだ。そう思うと、身体の芯がムズムズする。



「2限は楽単で学年の縛りもないから、真島先輩とたまたま授業が被ったんだ」

「ラクタン? ラクダの仲間?」

「いや……単位が取りやすい授業のこと。ドハマりを取るとGPAに響くから、楽単に人が集中するんだよ。この授業は人数が多いし、五月女さんが潜ってもばれない」

「ハマグリ? GDP?」

「……ほ、ほら、もう授業始まるからスタンバって」



 大学生は魔法みたいな言葉を当たり前のように使う。

 そういえばユーちゃん先生が大学生で私が小学生だったとき、不思議な横文字をいっぱい話してた気がする。


 眼鏡の中心を抑えながら得意げに話すユーちゃん先生が、すごくかっこよく見えた。


 ……会いたいな。


 でもまずは絶対に真島さんを落として、姫宮さんに復讐しなくちゃ。



「真島先輩は優等生だから、いつも入口側の前方に座ってる。……あ、あれだ。あの青いシャツの人」



 橋本さんが指さす先には、高身長のイケメンがいた。確かに、この前姫宮さんと歩いていた人だ。



「いいか、俺は後ろで見守ってるから、ちゃんと作戦を実行するんだぞ」

「らじゃ!」



 私は橋本さんに敬礼をして、すたすたと前方に向かった。

 

 今日の作戦は『コーヒーWETデートGET作戦』。発案はもちろん橋本さん。


 まずは私が真島さんの隣に座って、シャーペンを借りる。そこでバッチリ顔を覚えてもらったら、後は90分間隣で真島さんをチラチラと見ながら絵を描く。


 描く絵はずばり真島さんの横顔。流石に90分も見られ続けたら真島さんも気づくだろうから、私を意識してもらえるんじゃないかというのが狙い。

 橋本さん曰く、自分の絵を描てくれる女子がいたら、例えそんなに好きじゃなくても気にしちゃうらしい。


 それに私は美術5だし、よくユーちゃん先生にも絵を褒めてもらってたから、絶対に目を引けるはず!


 そして帰り際に真島さんの服にコーヒーを零して謝り、今度お詫びにご飯に行きたいと誘う。


 うん、完璧! やっぱり橋本さん天才! 絶対落ちる!


 成功を確信しながら、真島さんの隣に座ろうとした。


 その時――



「ごめんなさい真島先輩。トイレ混んじゃって」

「ああ、大丈夫だよ」



 なんと真島さんの隣に、ポニーテールの美少女が現れた。

 もしかして、これが皆川さん……?

 


「じゃあ、今日は2限に潜らせてもらいます! この後のデート、楽しみ!」

「うん、そうだね」



 緊急事態発生。


 『コーヒーWETデートGET作戦』、どうすればいいの……⁉


 

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