★第51話 恋愛は、狂気だ
幻影。
それは、まぼろし。心の中に描き出す姿。
先生は、架空の何かに恋をしているということなのか?
「僕はね、18歳の時に不登校になった。ちょうど、僕の母親が美乃梨の父親の家に入り浸っていた時期だ」
「……うん」
「その時、途轍もない孤独感に襲われたんだ。自分は捨てられたんじゃないかって。もうどうしようもなくて、何をしても埋められなくて……自殺しようとしたんだ」
自殺……この人には、そんなに思いつめた過去があったのか。
ふと千歌を見ると、目に涙を浮かべている。
「それで真夜中に橋の上から飛び降りようとしたんだ。でもその時、ある人が急に俺を背後から抱きしめてきた」
「ある人……」
「突然のことで、何が起こったかわからなかった。でもその人は『気づいてあげられなくてごめんね。もう、私がいるから大丈夫だよ。ひとりじゃない』と言ってくれた。その途端、僕は泣き崩れた。ああ、僕はひとりじゃなかったんだって思えた」
『ひとりじゃない』。
俺にはよく分からないけど、きっと孤独を抱える人間にとっては1番の救いの言葉なのかもしれない。
千歌を見ると、涙を流している。
もしかしたら……千歌も、先生と同じような辛い思いを経験しているのかもしれない。
ただの勘だけど、これは共感の涙だと思う。
「それからその人は、僕を助けてくれるようになった。一緒にいる時間を作ったり、不登校の俺にお弁当を作ってくれたり。その献身的な行動に、僕は救われたんだ。そして、その人のお陰で大学に合格することもできた。その人がいなければ今の僕はいない。命の恩人なんだ」
先生は涙声だった。過去に想いを馳せるように、虚空を眺めている。
「それで僕が20歳になって、初めてその人と関係を持った。その時からずっと恋人なんだ。来年、結婚の約束もしている」
「ユーちゃん‼ 私と結婚してくれるってさっき言ったじゃん‼ 嘘だったの⁉」
「美乃梨……お願いだから、最後まで話を聞いて。罪を償ってくれたら、ちゃんと結婚するから」
「……はい」
取り乱している皆川が、先生の言葉に素直に従った。
皆川にとって先生の言葉は絶対的……もしかしたら神の言葉と同義なのかもしれない。
恋は、人への執着は、時に宗教にもなり得るんだ。
それを目の当たりにし、恐怖を感じた。無意識に身体が戦慄いてしまう。
恋愛は、狂気だ。
「でも、その人と僕は14歳離れている。今、42歳なんだ」
「ユーちゃん先生‼ えっ……嘘でしょ‼」
突然、千歌が叫んだ。かなり取り乱している。俺はそんな千歌を落ち着かせるため、力強く抱きしめた。
一体どうしたんだ?
「あれ、千歌ちゃんは知ってるって言ってたよね……?」
「え、あの事って姫宮さんとのキスのことじゃ――」
「ううん、来年からの同居の話のことだった」
……ん? まさか――
「僕は、千歌ちゃんのお母さんと付き合ってるんだ」
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