♡第44話 嘘ばっかり‼

 仲良くハート型になって泳ぐ2匹のタツノオトシゴ。

 その姿は、ただ私の心を蝕んでゆく。



「……あれ? 千歌ちゃん大丈夫? あ、待ってね……はい、ハンカチ」

「……だ、大丈夫。ハンカチも、いいです」

「そんな……」



 私は胸元に差し出されたハンカチを真島さんに押し返した。

 真島さんは一瞬物哀し気な表情を見せたけど、また爽やかスマイルを顔に張り付けた。



「千歌ちゃん、元気出して」

「……」

「俺さっきも言ったけど、1人の人と一生添い遂げるのが夢なんだ」



 ……嘘ばっかり。女の子とたくさん遊んでるくせに。



「それでね……俺まだ若いけど、学生だけど、その相手が千歌ちゃんだったらいいなって本気で思ってるんだ」

 


 ……嘘ばっかり。真島さんは皆川さんも姫宮さんもたぶらかしているくせに。



「だからさ……千歌ちゃん。俺と付き合って欲しい。俺なら絶対、千歌ちゃんのことを泣かせないから」



 ……。



「嘘ばっかり‼」

「えっ……」



 私の心の叫びは、絶叫となって平穏な水族館の空気を震わせた。


 周囲の人が一斉に私の方に視線を向けているのがわかった。

 赤ちゃんも泣きだした。


 真島さんは、瞠目していた。



「ち、千歌ちゃん……どうしたの……」

「もういい‼」



 私は自分がいたたまれなくなって、走って逃げた。

 全速力で真島さんから逃げた。


 でも、途中で腕を掴まれてしまった。それはちょうど、イルカのショーの会場だった。



「千歌ちゃん、一旦落ち着こう。俺が悪かったら謝るから」

「……」

「ここ、今そんなに人がいないから、座ろうか。ゆっくり、最後まで話を聞くから」

「……」



 私は結局真島さんに流されて、ベンチに腰を下ろした。

 真島さんがすぐ隣に座ってきたので、遠くに座りなおしてあからさまに距離を取る。


 真島さんが「まいったな……」と小さくぼやいてたけど、聞こえないふりをした。



「まず……『嘘ばっかり‼』って、どういうことかな? 俺の千歌ちゃんへの気持ちは本気なんだけど……」



 この人はこの期に及んで何を……。

 怒りが込み上げてきたけど、ゆっくりと深呼吸をしてなんとか言葉を紡いだ。



「たくさんの女の子と、付き合ってるじゃん……」

「え、ああ……皆川?」

「あと、姫宮さん」

「……え」



 真島さんは口をぽかんと開けて間抜けな顔をしている。

 ほら見ろ。



「見たもん。姫宮さんとホテルに行くところ」

「……そ、それでか……」



 真島さんはしまった、という顔をして、頭を抱えた。

 ほら見ろ。



「あー、それじゃ、そんな反応にもなるよね。本当にごめんね」

「……いまさら謝られても」

「あのね、ひとつずつ話すから聞いて欲しい」



 真島さんは身体ごと私に向いて、真剣な表情をした。



「まず皆川のことだけど、もう別れてるよ」

「……へ?」

「千歌ちゃんにカラオケでキスしちゃいそうになったでしょ? あの時から千歌ちゃんに完全に心を奪われてたから、別れてた」



 嘘。ってことは、私がバドサーに行った時には、もう別れていたの?

 そんな素振り、全然なかったのに。



「それに、これはすごく複雑な話になるんだけどね……」

「……うん」

「皆川のことは好きじゃなかった。があって、付き合ってた」

「……?」



 好きじゃなくても付き合う。そんなことって、あるの?


 ……あ、私も正樹と偽の恋人をしてた。人のこと言えないか。



「そうだなぁ……これを話すには先に華乃のことを話すね」

「……華乃?」

「あ、ごめん、姫宮のこと」



 華乃? やっぱり随分馴れ馴れしい。彼女じゃん。



「あのね、華乃は僕のなんだよ」



 

 私は言葉を失った。




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