♡第17話 もっと一緒にいたいの……今夜

 真島さんに連れてこられたカフェは、さっき正樹といた場所とは対照的な雰囲気だった。


 ファンが回る高い天井。ハワイアンテイストの明るい店内。そして、南国を思わせる陽気でのんびりとしたBGM。


 よく知らないけど、なんとなく真島さんっぽいチョイスだと思った。



「そろそろ9時になるけど、親御さんは大丈夫?」

「ありがとうございます……確認します」



 真島さんは優しい。細かいところに気を配れるし、女の子を気遣える。

 これはモテるのも頷けるなぁ。


 私はそんなことを思いながらスマホを確認した。



【今日、急遽夜勤になりました】



 まただとも、ラッキーだとも思った。

 お母さんは最近夜勤が多い。それ自体はちょっと寂しい。

 でも、復讐をするには好都合だ。



「すみません。大丈夫みたいです」

「ほんとに? 五月女さん、女子高生だよね」

「……へ? どして」



 え、嘘。なんでバレちゃったんだろう?

 今日は学校帰りだけど、姫宮さんを尾行するために黒い私服に着替えてた。


 それに、この前授業に潜った時も変装は完璧だったはず――



「チャットアプリの画像、これ浮高の体育祭だよね?」

「あ……」

「俺も浮高からのエスカレーター組だからわかるんだ。この顔のペイント」



 しまった。プロフィール画像は友達と体育祭で撮った写真。

 

 浮高の体育祭では、何故か顔に『浮』の文字とクラスのイメージイラストをペイントする風習がある。


 そこまで気が回ってなかった。また、泣きそう。

 だって私はどこまでもへっぽこで、足手まといなんだもん……。


 もう、全部やだ。


 涙腺がツーンとして、今にも涙が溢れそうになるのを必死に堪える。



「ごめんね。追及するつもりはないんだ。ただ、女子高生が夜遅くまで外にいるのは危ないかなって。……ほら、ストーカーとか、流行ってるみたいだし」



 この優しさだけは偽物だってわかる。

 だって真島さん、女子高生の姫宮さんと夜にホテルに行ってたじゃん。


 男の人の偽善は嫌い。

 ユーちゃん先生みたいな、本当の優しさが好き。



「……お気になさらず」

「ならいいんだけどね。それで、何か嫌なことがあったの? 俺で良ければ相談に乗るよ。もちろん、言いづらかったら大丈夫」



 当然、真島さんと姫宮さんへの復讐の件で橋本さんの言動に悩んでるなんて言えない。どうすればわからず、私は口を噤んでしまった。



「うーん、言いづらいみたいだね。飲み物も飲み終わったし、今日は帰ろうか」

「え……」

「ここは奢るから、お店の前で待っていてくれるかな?」



 真島さんはそういうと、伝票を持ってレジへ足早に向かってしまった。

 私は動揺しながらも、指示通りに外へ出た。夜風が私のわずかに残る希望まで奪い去ってゆく。


 だめだ。やっぱり私、男の人を落とすなんて出来ない。


 だって、大好きなユーちゃん先生にすら、何もアプローチすることが出来ないんだもん。それが好きでもない人なら、ますます何もできるわけない。


 私は、自分じゃ何もできない――



「お待たせ。帰りはどっち?」

「あっちです」

「そっか。俺とは反対側だね。送って行ってもよいんだけど、いきなりよく知らない男に来られても困るでだろうからここで。それじゃ気をつけて帰ってね」



 真島さんはニカッと爽やかな笑顔を見せ、身を翻した。


 どうしよう。

 もう、チャンスなんてない。

 

 ここで復讐は終わりなの?


 ……嫌だ。せっかく正樹が作戦を考えてくれたのに、諦めちゃうのはだめだ。


 そう思った時、私は咄嗟に真島さんの腕を両手で掴んでいた。



「まって……」

「ん? どうしたの?」

「あの……」



 精一杯かわいくしよう。真島さんのこと、落としたいもん。



「もっと一緒にいたいの……今夜」



 私は真島さんの腕をぎゅっと掴んで、上目遣いで懇願した。

 彼の目に、私はどう映っているのだろうか。



「……あの、俺、彼女がいて……」

「彼女のこと、ほんとは好きじゃないでしょ?」



 それは私から見れば一目瞭然だった。姫宮さんのことはよくわからないけど、少なくとも皆川さんへの想いは感じられなかった。


 真島さんが爽やかな笑顔を崩し、瞠目どうもくした。黒目と瞼の間に白目が垣間見えるほど大きく。


 ややあって、真島さんはふっと口を緩めた。



「五月女さん、面白い人だね」

「えっ」

「そういう人に、俺は……」

「……へっ?」

「ううん、何でもない。うん、じゃあ場所を変えよう。どこがいい?」

「……カラオケ?」



 こうして私たちは、夜の街へ溶けていった。

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