♡第18話 私、キスされちゃう……

 時刻は夜9時を過ぎていた。

 私は真島さんの隣を歩きながら、正樹に想いを馳せる。


 今頃正樹は、姫宮さんを塾から家に送り届けているはず。一体どんな会話をしているんだろう。


 なんだか、すごく胸が痛い。



「五月女さん?」

「……ふぁ、な、なんでしょうか」

「いいよ、タメ口でも。さっきはそうだったじゃん」

「……あ……はい。なに、かな?」

「カラオケなんだけどさ、ここでいい?」



 真島さんが指さしたのは、なんと私が正樹と作戦会議に使っている雑居ビルのカラオケ店だった。


 すごく複雑な気持ちになる。



「あ、ここで、大丈夫……」

「よし、いこう」



 真島さんと狭いエレベーターに乗り込む。本当に背が高くて、頑張って見上げないと顔が見えない。



「五月女さんって小さいね」

「……う」

「あ、ごめんね。気にしてた? かわいいなって思って、つい」

「……」



 この人、女慣れが半端ない。こんないとも容易く女子のことを褒めちゃうなんて。

 そりゃ、真島さんみたいなイケメンにサラッとかわいいなんて言われたら、みんな好きになっちゃうよね。

 

 私にはちっとも刺さらないけど……でも、もし正樹にかわいいって言われたら、私はどう思うんだろう。


 考えるだけで胸がきゅうんと締め付けられる。


 いやいや、私と正樹はただの――



「五月女さん、好きな人いるでしょ?」

「……ほえええ⁉」

「わかりやすすぎるって。そのことで泣いてたんだね」

「……」

「あ、着いたみたいだよ」



 エレベーターが開くと、真島さんは私の背中にさりげなく手を添えてレジに誘導した。そして私に好きな機種を選ばせてくれた。


 入った部屋は、12番。いつもの隣の部屋だ。

 そこは11番より一回り大きい部屋で、シートがコの字型になっていた。私は奥の右側のシートに座る。



「あ、飲み物持ってくるよ。何がいい?」

「いや、私もいきま……いくよ」

「五月女さんは疲れてるんだから、休んでて。適当に持ってくるね」

「あ……はい……」



 だめだ。私が真島さんを落としたいのに、完全にリードされちゃってる。手練れ過ぎるよ。私は少し落ち込む。


 ほどなくして、真島さんは戻ってきた。手に持っていたのはコーラとウーロン茶。



「どっちがいい? 好きな方でいいよ」



 女子に選ばせるなんてすごい気遣い。なんだか真島さんから恋愛講座を受けてるみたいな気持ちになる。

 私はメロンソーダでないことにちょっとがっかりしながら、コーラを指さした。


 すると真島さんは飲み物を渡す時にさりげなく私の隣に座った。コの字のシートなのに……。


 きっと正樹なら、真っ先に逆側に座るだろうな。



「ふふっ」

「どうしたの五月女さん。俺、おかしかった?」

「あ、え、いや……」



 やばい、正樹のこと考えてたらつい思い出し笑いしちゃった。

 だってあまりにも真島さんと女性の扱い方が違うんだもん。



「五月女さんって感情表現豊かだよね」

「え、そうかな」

「すごくいいことだと思う。泣きたいときは泣いて、笑いたいときは笑えばいいと思うんだ」



 この人、ただ女性の扱いが上手いだけじゃない。

 すごくいい人だ。もしかしたら偽善じゃないのかもしれない。


 主人公、みたいな性格してる。


 こんな人が女子高生とホテルにいったなんて、世の中誰を信じていいのかわかんなくなるよ。


 すると真島先輩が静かに呟いた。



「これは流してくれていいんだけどね」

「はい……」

「ずっと好きだと思ってた人よりも強く惹かれてしまう人が現れたら、五月女さんならどうする?」

「え……」



 息が止まった。


 それは、私の核心的な部分にある命題だった。でも、心の奥にしまっておかないと復讐が成り立たなくなっちゃうからいつも押し戻していた。


 だって、私と正樹は復讐がなければ繋がっていられないから。

 そう考えると、涙腺が緩んでしまう。


 ……もしかしてこの人は、私の心が読める人なの?



「あれ、ごめんね。これはあくまで、俺の話だから気にしないで」

「……俺の話?」



 私の心が読まれた訳じゃないとわかって、少しだけ安堵した。

 でも、だとしたら真島さんも私と同じ悩みを抱えているのかな?



「うん。俺最近、すごく魅力的な人に出会っちゃったみたい」

「そうなんだ」

「でも、その人には好きな人がいるみたいだから、どうしようかなって」



 真島さんくらいかっこいいなら、その女の子もすぐ落ちると思うんだけどな。


 ……あ、だめだ。私にゾッコンになってもらわないと。

 

 えっと、だから、つまり――



「それが私だったらいいのに」



 あ。なんかこれだと私が真島さんのこと好きみたいじゃん。

 でもこうしないと他の女の子に気持ちが移っちゃうから、えっと……


 私がどぎまぎしていると、真島さんは再び瞠目した。

 もしかしたら、真島さんの癖なのかもしれない。



「千歌ちゃん」

「……え?」

「他の人が好きなのに、そんなこと容易くいったらだめだよ」

「あ……ごめんね」



 それはそっくりそのままお返ししたいんだけどな……。


 すると真島さんが急にとろんとした目つきをした。

 あれ、なんか猫みたい?



「俺、初めて悪いことしちゃうかもしれない」

「……え……あ……やめて……」



 真島さんの顔がどんどん近づいてきて、やっと察した。


私、キスされちゃう……。


 拒否したいのに、心臓がどくどく脈打って動けない。

 どうしよう。私のファーストキス、好きじゃない人なんてやだよ。


助けて、正樹――



バンッ



 突然の出来事に抵抗できなくて唇が触れ合いそうになった瞬間、突然入口からものすごい音がした。


 私も真島さんも身体をビクつかせて反射的に音の方を見る。



 そこにいたのは、息を切らした正樹だった。






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