★第49話 俺は、千歌を救えないのか――

 身体が戦慄く。身動ぎできない。

 今俺が千歌を助けようとすれば、千歌は殺されるのか?


 映画や漫画でさんざん見たことがあるシチュエーションだけど、実際にこういう状況に陥るとどうしていいのかわからない。


 千歌は、涙を流している。


 俺の目からも、涙が溢れた。



「私とユーちゃんは、運命なの。親同士が再婚してユーちゃんは皆川の姓になって家族になった。でもね、義理の兄妹って結婚できるんだよ。だから私はユーちゃんにアタックし続けた。なのに、ユーちゃんは一向に振り向いてくれなかった……なんで?」



 皆川も、涙を流している。



「……ユーちゃんに好きな人がいたんだよ。ずっと好きなんだって。でも、誰かは絶対に教えてくれなかった」



 皆川の手が震えている。

 俺は目の前の状況がまだ受け入れられない。千歌を助けたいのに、動けない……。



「でもね、ある日ユーちゃんが寝言で呟いたの。『さおとめ』って。すぐに好きな人のことだってわかった。だから私はこの街中の『早乙女』を探した。調べつくした。でも、見つからなかった……だから、どこか遠いところにいるんだって思ってた」



 雨が降ってきた。雨粒は俺たちの体に激しく当たる。


 それは途方もなく冷たかった。


 そして皆川の声も冷たくなった。



「そしたらこの前のバドサー、こいつ、『さおとめ』って言ったんだよ。信じられる? 調べつくしたはずなのに、私の知らない『早乙女』がいたなんて。でも、まさかと思って漢字を聞いたの」



 突然、黒雲の狭間から雷が鳴り響いた。



「五月に女? そんな『さおとめ』がいるなんて、知らなかったよ。それで調べたら、ビンゴ。こいつだった。あーあ、私に見つかっちゃったね」

「……千歌をどうする気だ……」

「ふふふ、どうして欲しい?」

「千歌を離せ‼」

「ははは……じゃあ、ユーちゃんに結婚の説得をして?」

「……は?」



 皆川の言動に、身体が硬直する。こいつは何を言ってるんだ?



「……そ、そんなこと、できるわけないだろ‼」

「なんで?」

「なんでって……人の気持ちは他人には操れない」

「じゃあ、こいつはどうなってもいいってこと?」

「違う‼」



 あーもう‼


 皆川にはまるで話が通じない。

 こいつは狂ってる。でも、本人は本気なんだ。だから、この状況を脱却する活路が見いだせない。


 俺は、千歌を救えないのか――



「橋本、つかえねーな」

「な……‼」

「もういいや、疲れたから始末する。こいつが消えれば、ユーちゃんは私に振り向いてくれるもん。こいつを始末するなんて、『お安い御用だぜっ!』」



 なんなんだよ、こいつは‼

 サイコパスかよ‼


 俺は、こんなやつの何を見て好きになったんだ……。



 いや、今はそんな過去を悔いることなんてどうでもいい。


 目の前の、千歌を救う。



 そこからは無意識だった。無我夢中で皆川に突撃した。


 皆川の狂気に満ちた顔が視界に映る。


 刺される、と思った。



 その時だった。



「止まれ‼」



 が、全ての時間を止めた。

 皆川が動かなくなって、脱力したようにだらんと腕を垂らした。


 驚いて振り向く。



 そこにいたのは、だった。

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