★第13話 ヒーローSAVE姫宮LOVE作戦
夕暮れ時の火曜日。
1週間はまだ始まったばかりで、街を行きかう人はどことなく疲れた顔をしている。
俺は大通り沿いにある路地に潜り込み、姫宮が来るのを待ち伏せている。
五月女の友達の友達の情報によると、姫宮は毎週火・木にサテライトの塾に通っている。映像授業だから行く時間も曜日も自由なはずだけど、姫宮はいつも同じ時間・曜日に通っているらしい。
やけにしっかりした子だな。先生をたぶらかして大学生と浮気をするような子とは思えない。
【こちら五月女。まもなくターゲットがポイントに差し掛かります】
「こちら橋本。了解」
姫宮を尾行している五月女からトランシーバーで連絡を受けると、一気に緊張感が高まった。
大丈夫。恋愛弱者の俺でも、『ヒーローSAVE姫宮LOVE作戦』を実行することはできる。
できる、けど……落とす自信は正直ない。
なんせ俺はフツメンで、恋愛経験はギャルゲーだけの男だ。対して姫宮は複数の男をたぶらかす魔性の女。
やばい、急に不安になってきた。どうしよう……。
【こちら五月女。ターゲットがポイントを通過しましたが⁉ 橋本さん⁉】
「こちら橋本。悪い、直ちに任務を遂行する」
【橋本さんなら、大丈夫!】
五月女の『大丈夫』を聞いて、ハッとする。
俺がくよくよしている場合じゃない。
だって俺は、五月女のために姫宮を落とすんだから。悲しませたらダメだ!
俺は颯爽と前を歩く浮高の制服の女子に慌てて近づき、思い切って声を掛けた。
「そこの綺麗なお姉さん」
……あ、しまった。このじゃ典型的なナンパだ。
案の定、姫宮は反応しない。
いいや、もう。これは勢いだ。
「あなたをつけているストーカーを見ました。危険です」
俺の言葉に姫宮の肩がピクッと大きく反応した。
ややあって、彼女の足がピタリと止まる。
もちろんストーカーがいるなんて嘘だ。
姫宮に危機が迫っていると嘘をつき、すかさず手を差し伸べる。そして俺が姫宮を守る『ヒーロー』の立ち位置を確立させ、徐々に好意を抱かせる。
これこそが『ヒーローSAVE姫宮LOVE作戦』。
「そのまま右手にあるカフェに一旦入ってください。俺も合流します。もし俺を信用できなかったら無視してくれても大丈夫です。でも、俺はあなたを助けたい」
だが正直、実際声に出してみると想像よりもはるかに胡散臭く聞こえる。新手のナンパか、はたまた俺自身がストーカーだと思われてもおかしくない。
やはりギャルゲー出身の俺は、リアルな女性心理をちゃんと理解できていないらしい。
このまま作戦は頓挫してしまうだろうか……。
「……わかりました。ありがとうございます」
しかし、意外にも姫宮は俺の言葉に素直に従った。
そして俺の方を振り返らず、カフェに入っていった。
「こちら橋本。作戦成功」
【こちら五月女。引き続き健闘を祈ります】
俺は両頬をぺちぺちと叩いて気合いを入れ、店内に入った。
***
ジャズの気まぐれな音色が鼓膜を撫でる。
薄暗い店内はアンティーク調のインテリアで統一されている。
ぼわっと淡く周りを照らすライトが、目の前の姫宮を妖艶に照らす。
やはり本物の美人は、恋愛感情とは別の意味で緊張する。
頭が真っ白になって、かけるべき言葉が思いつかない。
「あの……助けてくださり、ありがとうございます」
声はフルートのように上品で、耳障りが良かった。
この声の主が真島先輩とラブホで……いや、今は考えないようにしよう。
俺は必死に良い人を演じた。
「い、いや。たいしたことはないですよ。ただ、そんなに綺麗だと危ないですよね」
「恐縮です。誰かにつけられている感覚があって、怖かったんです」
……ああ。確かに五月女が姫宮を尾行していた。だから俺の助け舟もあながち嘘でもないのかもしれない?
それにしても、やはり女子はストーカーには敏感になるよな。
「それは不安ですよね。もしご迷惑でなければ、姫……あなたが夜遅く1人で歩かなければいけない時、一緒に横を歩きましょうか? 勿論、信用できなかったら無理にとは言いません……。あ、ちなみに俺は浮大の橋本と言って、怪しいものではありません」
「浮大……私、浮高なんです。姫宮と申します」
「それは奇遇ですね、姫宮さん」
「はい……あの、もし頼んだらご迷惑ではないですか?」
「迷惑なんてとんでもない。喜んでお引き受けします」
不思議なことに、嘘と割り切ると普段は言えないような浮ついた言葉がポンポン出てくる。
もしかしたら恋愛強者って、こんな感覚で女子を落としたりしてるのか?
……チャラいな。
「助かります。ちょうど頼れる人がいなくって……」
「それは辛かったですね」
彼氏がいるくせに頼れる人がいないなんて……これが男を落とすテクニックか。
作戦じゃなきゃ俺が騙されるとこだけど、今日は俺が姫宮を騙す。
「実は火曜日と木曜日に塾に通っているのですが、帰りが暗くて……空いている日だけでいいのですが、お迎えをお願いできますか? 夜の9時くらいです」
「もちろん。可能な限りお手伝いします」
こうして俺は姫宮の連絡先と、毎週2回会う約束を取り付けた。
……あれ、意外にチョロい、かも?
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