★第15話 この気持ちは胸の奥にしまうべきだ
ジャズの気まぐれな音色が鼓膜を撫でる。
俺は姫宮を夜9時に迎えに行くまでの間、五月女と先程のカフェで反省会(兼俺の懺悔会)を行うことになった。
「ねぇ、橋本さん。どういうこと?」
「……どういうことって?」
先程姫宮が座っていた席に座るのは、頬をぷっくりと膨らませる五月女。
明らかに不機嫌な様子で、
店内の薄暗さも相まって、なんだか取り調べを受けているような気持ちになる。
「『ヒーローSAVE姫宮LOVE作戦』って、橋本さんが姫宮さんを落とす作戦だよね?」
「もちろん」
「なんで橋本さんが落とされてるの‼」
五月女は手に持っていたアイスロイヤルミルクティーを、テーブルの上に乱暴に置いた。バンッという重く尖った音が鳴り響くと、隣の客が目を丸くしながらこちらに視線を向けた。
どうやら五月女は、大きな誤解をしているようだ。
俺はなんとか彼女を
「お、落ち着いて五月女さん」
「千歌でいい。偽だけど恋人なんでしょ?」
なんだと……。
俺は今すごく怒られているのに、いきなり呼び捨てを強要されて不覚にも心臓が早鐘を打った。
多分この感情は、今のシリアスな状況には似つかない異物。
つまり、嬉しい。
でも顔がにやけないように留意し、神妙な面持ちをつくった。
「……ち、千歌」
「うん。何かな、橋本さん? 復讐は嘘だったのかな?」
「ち、違うって……勘違いしているみたいだけど、俺は姫宮さんに落ちてない」
「……嘘」
「……ほんとだって。だって俺――」
そこまで言って、言葉が詰まる。
誤解を解きたくて口を突いた言葉だけど、俺は今、何を言おうとしてたんだ……。
「だって何?」
「えっと……と、とにかく、俺には好きな人がいるから」
「……そうだよね。真島さんと姫宮さんみたいに、複数の人を好きになったりしないよね、橋本さんは」
その言葉の威力はすさまじかった。
心が痛くなり、何も言えなくなる。
俺は皆川が好きだったけど今は……でもだめだ。これを認めてしまったら、俺の復讐の目的がなくなってしまう。
五月女……いや、千歌との関係は、復讐の上にしか成り立たない。
なら、この気持ちは胸の奥にしまうべきだ。
俺はなるべく明るい声で、軽口をたたいた。
「俺が皆川以外を好きになるわけないじゃん。それより、自分は下の名前で呼ばせるんだから、俺のことも下の名前で呼ばないとフェアじゃないんじゃない?」
「皆川以外を好きになるわけない……」
「……ん? なんかいった?」
「正樹のバカ‼」
千歌は力任せにテーブルをバンッと叩き、店を飛び出してしまった。
もしかして下の名前で呼べと言ったのが気に食わなかったのだろか。
だけど、千歌は俺を下の名前で呼んでくれた。
怒られている立場ではあるが、不覚にもドキッとしてしまった。
となると、一体なにに怒ったんだろう。
もしかして千歌は……いや。もう考えるのをやめよう。
だって女子の心は、よくわからないから。
さて、これからどうすればいいんだろう……。
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