6話 直感は裏切れない
朝起きて、俺は思った。
――
学校を通り過ぎてずっと南へ歩きたいという気持ちが強くなった。こういう気持ちが沸き起こった時は、逆らわない方がいい。俺はいつだってそうしてきた。
なので、学校を休んだ。
†
晴天だった。
気温もちょうどよく、歩くには最高の一日だ。
丹波島橋を渡って川中島、篠ノ井と南方向に進んでいく。持っているのは財布と携帯だけ。いたってシンプル。しっかり準備して出かけるのはあまり好きではない。何か困ったら近くにあるもので対処する。それが俺のスタンス。
とはいえあまり両親に小遣いをせびるとこういう生活を許してもらえなくなるかもしれないので、出費は最小限に抑えている。
「暖かくていい日だ……」
ストレッチ性の高いスキニージーンズに薄いデニムジャケット。ちょっとだけ見栄えを気にした、黒のウォーキングシューズ。
どれも手入れよし。
今日の俺は絶好調だ。
†
夕方。
俺は戻ってきて丹波島橋の上でぼーっとしていた。ここは居心地がいい。学校帰りに立ち寄った回数は数え切れないくらいだ。
真下を流れる犀川の水は綺麗で、日によって見え方の変わる中洲もいい味を出している。河川敷には小さなグラウンドがあって、野球少年たちが練習をしていることもある。
俺はそういった風景を眺めることに小さな幸せを覚える。
石山には「爺さんかよ」などと言われることもあるがそれは爺さんに失礼だろう。
「今日も楽しかったな……」
「それはよかったわね」
「ああ……ん?」
横を向いたら、自転車に乗った鏑木がキレ気味な表情の上に笑顔を貼りつけていた。ジーパンに長袖シャツ。もう家には帰ったようだ。
「なんで! 休むの!」
自転車を降りた鏑木が詰め寄ってくる。俺は一瞬で追い込まれた。前にもここで会ったのだから、今日も買い物のために通る可能性は考えておくべきだった。
俺は欠席常習犯で散歩大好き風来坊を長年やってきているが、休んだ日にクラスメイトと会うことにはやはり気まずさを覚える。
「あたし、ちゃんと学校来なさいって言ったわよね? 二日連続で」
「あ、ああ」
「その翌日に早速お休みってふざけてるの!? 朝は具合が悪かったなんて言い訳は聞かないわよ!」
「今朝、散歩に行きたくなったから休んだ」
「開き直るな! そんなこと許されない!」
「でも、現代の学生は規則に縛られすぎていると思う」
「詭弁よ! 決まりごとを守れないという事実がダメなの!」
「俺はガチガチの社会に耐えられない人間なんだよ」
「学生はまだ自由度高い方だと思うけど?」
「そうかあ?」
「だいたい、あなた社会人経験したことないでしょ! そんな人間が言ったって説得力――って、こんな話がしたいんじゃないの!」
「情緒不安定だな。大丈夫か?」
「大丈夫じゃない!」
はあ、と鏑木は息を吐き出す。
「……待ってたのに」
「え?」
鏑木の頬が赤く染まって見えたのは、夕日のせいだけではないはずだった。
「き、昨日、世間話したいなら相手してあげるって言ったじゃない! あたし、早速来るのかと思っていろいろ考えながら学校行ったのに……道原はいなかった」
「申し訳ありませんでした」
これは謝罪する以外にありえなかった。
鏑木がそこまで本気で考えてくれていたとは想定外だった。俺はてっきり、面倒だけどつきあってやるか、くらいに思われているのかとばかり……。
「弁解はしない。俺は自分の直感にしたがって行動しただけだから」
「直感?」
「朝、篠ノ井方面に歩くべきだって直感が告げたんだよ。おかげで最高のコンディションの中を歩くことができた」
「自分だけ幸せ享受してる! ていうか、篠ノ井まで歩いたの!? けっこう距離あるわよ!?」
「俺にとっては普通の距離だぞ。オリンピックスタジアムの外の芝生に寝っ転がってきた」
「オリスタまで!? 歩いたらかなりかかりそうな……」
「俺の家からだと、まあ二時間見ておけばって感じかな」
「二時間……歩くの……?」
「おう。楽しいぞ」
鏑木はぶんぶんと首を横に振る。
「ぜ、全然わかんない。そんなに歩いたら足がぱんぱんになるだけでしょ……」
「慣れないうちはな。俺は平気だ」
「もしかして、帰りの途中だったりする?」
「する」
「朝から出かけたのよね」
「ああ。九時頃かな」
「いま五時過ぎよ。ずっと歩いてたってこと?」
「さっきも言ったが、芝生に横になったり、隠れ家的な安くてうまいラーメン屋とかに寄ったりもしてたぞ」
「でも、移動は全部徒歩なんでしょ?」
「もちろん」
「信じらんない……」
「俺は直感全肯定人間なんだよ。直感にはしたがう。鏑木は直感には頼らないタイプか?」
「え?……うーん、あたしはスポーツの時くらいかな」
「前に出るとか引くとか?」
こくっとうなずいてくれる。
「バドミントンとかバレーとかはとっさの感覚で動くことが多いかな。あ、自転車もそうね。人をよける時にどっちに寄せるか、とか」
「信号が点滅してる時に行くかどうか」
「それは止まるでしょ。悩むところじゃないわ」
「真面目すぎるだろ。さてはよけ違いの時、絶対ゆずってあげる人間だな」
「そうね。自分がよけるかな」
「バレーでお見合いして落とすタイプだ」
「う……そういう時は出ていけないのよ」
「初めて入った飲食店でなに頼むか迷った時はどうだ?」
「それは直感を信じる! 友達のおすすめよりも自分が食べてみたいって思ったものを選ぶわね」
「俺も同じだ。個人経営の店はある意味で冒険だよな」
「でも、当たった時の幸せ感はすごいの」
「わかるぜ。そしてまた食べに行くんだ」
「道原みたいな人ってラーメン屋とかには詳しそうね」
「おう。長野市はラーメン激戦区なんだ。次々にいい店ができるから必然的に直感に頼ることになる」
「……なんか、楽しそうね」
「まあな。――というわけで以上、〈直感〉についての世間話でした」
鏑木はぽかんとして、しばらく反応しなかった。今度は耳が赤くなってきた。
「い、いつの間にか道原の話に乗せられてたわ!」
「ふはは、シームレスな世間話への誘導! うまく乗ってくれたな」
「うう、なんかはめられた気分……」
「こんな感じで話しに行くがいいか?」
「まあ、いいんじゃない?」
少し不満そうな顔をしていた鏑木だったが、徐々に表情が柔らかくなってきた。反応がとてもわかりやすい。
「けど、どうせなら学校の中で話したいわ。それくらい、お願いしてもいいわよね?」
「わかった、努力する」
「断言はしてくれないのね」
まあいいわ、と鏑木は自転車に乗った。
「今日は許してあげるけど、次はわからないわよ。今日だって莉緒があなたの欠席の報告をしたんだから」
「そういえば星崎が最優先だったな……」
「わかってるならいいの。――それじゃ」
鏑木が橋の向こうへ消えていく。
俺は反対方向へ歩き出した。
直感は裏切れない。
しかし、鏑木と本気で仲を深めたいと思うのなら、その感情すらねじ伏せるくらいじゃないとダメなのかもしれない。
今日は一つ学習した。
次は、学校で鏑木と話そう。
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