19話 夏服の鏑木がとってもまぶしい

 六月一日。

 俺は朝の登校時間を調整した。

 いつもの交差点で、ちょうど鏑木と会えるように。


 今日から六月。ということは衣替えなのである。


 鏑木が夏服を着てくる。

 上手く想像できない。


 去年は女子の制服が変わっても何も感じなかったのに、今年はありえないほどわくわくしている。


 どっちから行こうかな。右の歩道か左の歩道か。


 右から行けば、鏑木が歩行者信号を渡ってくるのを待つ必要がない。でもその時間がまたいいという可能性もある。


 ……などと気持ち悪い思考が次々に浮かんでくる。俺はもしかしたら重症かもしれない。


 結局、鉢合わせたら声が出なさそうだったので左の歩道を選んだ。そもそも鏑木と会わなかったら無駄なだけだものな。


 交差点にさしかかった。


 ――パーフェクト。


 二重の意味で完璧である。


 まずタイミング。ちょうど鏑木が信号の前にやってきたところだった。


 そして夏服。


 かわいい!


 若里高校の夏服は、黒白緑の三色チェック柄スカートだ。上は夏用に少し生地の薄いブラウス。鏑木はしっかり、赤色のリボンもつけている。


「天よ……」


 俺はその場で手を合わせそうになった。


「何やってんの?」

「うおおっ!? いつの間に!?」

「え、普通に歩いてきただけなんだけど……」


 思考が飛んでいて気づかなかった。


「おはよう鏑木」

「順番がめちゃくちゃね。おはよう」

「夏服、似合ってる」

「い、いきなりそういうこと言わないで!」


 鏑木は一歩下がり、胸の前で腕をクロスさせた。


「しょ、初日は落ち着かないんだから、もうちょっと言葉を選んでほしいというか……」

「意外にスカートの丈、短いのな」

「どこ見てるのよっ!」

「ぐっ」


 腹にグーパンを食らった。


「す、すまん。つい……」

「まったく、油断も隙もないんだから」


 ところで今、当たり前のようにどついてきたよな。スキンシップのハードルが下がってきたのだろうか?


「ほら、早く行かないとみんなに見られるわよ」

「お、おう」


 先を行く鏑木に慌ててついていく。

 これもまた自然だ。

 前は一緒に行きづらいという雰囲気を纏っていた。今日は違う。見られさえしなければ一緒に行ってもいいという。


 ……距離、縮まってきてるよな。


 そう思っていいだろうか? うぬぼれてる?


 俺は鏑木の後ろ姿を見ながら一人悩む。


 ……姿勢が綺麗だ。


 見ていたら、そんなことに気づいた。背筋がピンとしていて、自然とプラスのオーラを集めている感じ。


「やけに静かね」

「そ、そうか?」

「いつもならもっと話しかけてくるのに」

「鏑木の姿勢がいいなーと思ってたから」

「なっ」


 くるっと鏑木が反転する。


「ひ、人の背中見て何を考えてるの!? 今日の道原、なんか変態度高い気がする!」

「姿勢がいいってセクハラになるのか……?」

「あ、いえ、それは素直に嬉しいけど……」


 お互いに黙り込んで気まずい空気が流れる。


「道原って変よね」

「やはりそういう話になるのか」

「あ、変っていうのはいい意味でね」

「便利だよな、いい意味でって言葉。それで、どんな具合に変なんだ?」

「いちいちあたしのこと褒めてくるじゃない」

「それが変か?」

「だって、そんな男子いなかったもん。女子でも莉緒くらいよ。細かいところまで見てくれるの」

「言っておくがお世辞ではないぞ」

「わかってる。あたし、そういうのは空気で察するから」


 俺は鏑木の横に並ぶ。


「でも道原はジロジロ見てくる感じしないのよね。それなのに小さなことに気づいてくれるのが変というか、不思議なの」

「気になる相手のことはよく見えるんだよ」


 うぅ、と鏑木がこぼす。


「そうやって強気に来るの、ずるい……」


 また鏑木の顔が赤くなっている。どこまでわかりやすいんだ。


「ていうか道原――」


 俺を見た瞬間、鏑木が硬直した。耳まで赤くなった。


 どうした? 俺は何も言ってないぞ。


 困惑していると、鏑木が手で頬を隠した。


「あんまりこっち見ないで」


 俺は言われた通り正面だけを見る。何も言っていないのに真っ赤になるとはどういうことだ。どんな感情が鏑木の中に生まれたのだろう。


 校門がすぐそこまで近づいている。

 俺は足を止めた。


「鏑木、先に行ってくれ」

「う、うん。じゃあ、また教室でね」


 鏑木は小走りに学校へ入っていった。


 夏服一日目。

 鏑木がとってもまぶしくて、かわいらしかった。


     †


「あれ? 結乃、なんかスカート短いね」


 朝、教室に入ってきた結乃に私は言った。スカート丈が冬服より明らかに短くなっている。かなり上というほどでもないけど、毎日見ている身からすれば違いは一目瞭然。


「ちょ、ちょっとだけ短くしてみた……」

「なんでまた」

「……り、莉緒ならなんとなくわかるでしょ?」


 私は無言でうなずく。

 そうかぁ、結乃がこんな行動に出るなんてね。道原君、やっぱりやるじゃん。


「で、道原君にはもう会ったの?」

「うん」

「どうだった?」

「夏服の道原、ちょっとシャツがゆるくて鎖骨が見えた……」

「え?」

「な、なんかあれが見えた瞬間、すごくドキッとしちゃった」

「お、おお……」


 道原君になんて言われたのか聞きたかったんだけど……想像と違う答えが剛速球で返ってきたぞ。


 えーっと……。


 誰か、一つ質問いいですか?


 この二人、なんでつきあってないの?

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