51話 誕生日プレゼントはこれに決めた
金曜日。
いつものように結乃が先に教室を出ていく。
俺は少し待ってからあとを追いかけるつもりだ。
「道原くーん」
星崎が近づいてきた。
「なんだ?」
「もうすぐ十月だね」
「そうだな」
「十月二日は結乃の誕生日だよ」
「マジか」
そういえば知らなかった。
「誕生日プレゼント、用意しておいた方がいいんじゃないかな」
「確かに。結乃って何が好き……」
質問しなくてもわかるやつだった。柴犬である。
「柴犬の何かだな」
「間違いないね」
「でも俺、柴犬は贈れないぞ」
「贈られても困るでしょ……」
飼えないって話だったものな。
「しかし、この辺で手に入るぬいぐるみはコンプリートされてる気がするんだよな」
「無理にぬいぐるみとかじゃなくて、別のグッズっていう手もあるんじゃない?」
「例えば?」
ちっちっ、と星崎が指を振る。
「それを考えるのが彼氏の役目でしょ。私は日にちを教えるだけ~」
「確かにそうだな。よし、当日までに準備するよ」
「うん、頑張って!」
†
星崎には威勢のいいことを言ったが、さてどうしたものか。
結乃を見送ったあと、俺は一人で長野駅前に移動した。あちこちのショップを見て回り、結乃が好きそうなアイテムを探した。
しかし、柴犬の要素が入った物はなかなか見つからない。
柴犬のハンカチ。柴犬のタオル。柴犬のTシャツ。
……どうも似通った物しか見つからないな。
誕生日ケーキではなく、形に残る物がいい。もっと言えば、特別だと感じられる物がいい。ハンカチやTシャツはだんだん脆くなっていく。そうならない物……。
「うーん」
俺は悩みながら二線路通りを歩いた。
正面に大きな複合ショップが見える。建物をじっと見ていて、俺はハッとした。
「いけるかもしれない」
俺はまっすぐビルへ向かっていた。
†
十月になった。
再び衣替えの時期となったものの、まだ気温が高い日が続いているため、ブレザーを着てくる生徒が少ない。俺もそうだ。
結乃はブラウスの上に黒のカーディガンを着てくるようになった。スカートも冬服となって、わずかに丈が長くなった。別に残念じゃない。
「結乃」
放課後、俺は教室を出た結乃に追いついて話しかけた。
「風雅? 学校ではあんまり話さないようにするんじゃ……」
「そうなんだけど、今日は予定変えたいから」
「予定を?」
「駅前に行きたい。ついてきてくれないか」
「う、うん。いいわよ」
結乃が少し緊張した顔になった。たぶん、誕生日のことを意識しているのだろう。
「たまには学校から一緒だっていいだろ?」
「も、もちろん」
俺と結乃は、堂々と学校を出た。
†
長野駅構内。
何度も訪れた、おなじみのコーヒーショップに俺たちはいた。
日没が早くなり、外はもうすっかり暗くなっている。
「そ、それでわざわざここまで来たわけは?」
そわそわした様子の結乃が訊いてくる。
俺はホットコーヒーのカップを持って、結乃のカップに当てた。
「結乃、誕生日おめでとう」
「あ……」
硬かった結乃の表情が明るくなった。
「ありがとう、風雅。あたし誕生日のことは話してなかったと思うけど……」
「星崎から聞いたんだ」
「そっか。やっぱり莉緒っておせっかいよね」
「おかげで大事な日を逃さずに済んだんだ。感謝してる」
「風雅の誕生日は?」
「俺は四月二十六日。だから最初に怒られた日にはもう過ぎてたんだ」
「そっか……。なんか残念」
「来年は祝ってくれてもいいぞ」
「も、もちろん! 手作りケーキとかやっちゃうわ」
両手をぐっとしている結乃、かわいい。
「それで――」
俺は自分のバッグを開けた。ここからが本題だ。水色の小さな箱を取り出して、結乃に差し出す。
「これ、誕生日プレゼント。受け取ってほしい」
「い、いいの?」
「結乃のための贈り物だから、ぜひとも」
「あ、ありがとうございます」
敬語になってしまう結乃も愛おしい。
「い、いま開けてもいい?」
「いいよ」
結乃がわくわくした顔で箱を開けた。
「あっ、これって――」
「柴犬だ」
俺が渡したのは、柴犬の写真が入った金色のペンダントだった。
映っているのは里村食堂の愛犬、シロ。結乃が人生で初めて出会った柴犬の成犬。
俺が写真を撮ったので、携帯に山ほどデータが入っていた。このデータをアクセサリーショップの店員さんに渡し、ペンダントに入れてもらったのだ。
長く形に残る柴犬グッズ。俺の想像力ではこれしか思い浮かばなかった。
楕円のペンダントは半分に開くようになっていて、写真は中に収まっている。表面は月の模様が彫られているので、外からは普通のペンダントにしか見えない。周りの目も気にならないだろう。
「風雅ぁ」
顔を上げた結乃は、今にも泣きそうな顔になっていた。
「ご、ごめん。泣いちゃうかも」
「だ、大丈夫か?」
「うん……。だって、風雅はあたしの好きなものまで考えてこれを用意してくれたんでしょ? そこまでしてもらえるなんて幸せすぎて……」
「う、嬉し涙なんだな?」
「そうよ……」
「だったらよかった」
がっかりされたら俺は立ち直れなかったかもしれない。
「これ、シロちゃんね。すぐわかったわ」
「大切な出会いだと思ったから」
「本当に嬉しい」
結乃は、ペンダントをぎゅっと両手で包み込んだ。
「大切にするわ。これからずっと首にかけてる」
「気に入ってもらえたなら俺も嬉しいよ」
俺が笑うと、結乃も笑顔になった。
二人でコーヒーを飲み、外に出た。
「家まで送ってくよ」
「もう暗いし、風雅も帰り道危ないでしょ。あたしはお父さん来るから大丈夫よ」
「そうか?」
「うん。だけど……」
結乃が俺の腕に寄り添ってくる。
「それまでは、こうしていたいかな」
俺は気恥ずかしさを感じつつも、反対の手で結乃の肩に触れた。
「いつまででもいいさ。気の済むまでそうしててくれ」
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