52話 結乃、後輩から相談を受ける

 文化祭までのカウントダウンが昇降口に張り出された。


 我が校にはクラスステージがなく、希望者のみのグループでステージを作る。


 なので、クラスの一般公開での出し物に意識を向けていればいいわけだ。


 その日は朝から秋らしい冷え込みになり、俺はブレザーを着て学校に行った。


 いつもの十字路。いつもの時間。


 待っていると、結乃が横断歩道を渡ってきた。


「おはよう、風雅」

「やっぱり冬服もかわいいよなぁ」

「へ、返事はちゃんとしてよ!」


 結乃も今日はブレザーを着ていた。無駄なく着こなし、リボンにも緩みはない。カーディガンの袖が長いせいでブレザーから覗いているのがかわいい。


「さすがに寒いな」

「ね。朝はきつかったわ……」

「ところで、簡単にあったまる方法を知ってるか」

「どうせ抱きしめ合うとか言うんでしょ」

「ホットコーヒーを飲むんだよ」

「…………」


 そっぽを向かれた。


「結乃?」

「ど、どうせあたしは変態よ」

「そのくらいで変態扱いはする方がおかしいだろ」


 結乃が上目づかいで俺を見つめてくる。


「……本当? バカにしてない?」

「してないよ。むしろ、結乃が俺とそういうことしてもいいって思ってるなら嬉しい」

「い、いつもやりたいわけじゃないわよ。なんか、ちょっとさみしくなった時とかにできればいいかなって思ってるだけで……」

「今は?」

「こ、ここは人目が多すぎるからダメっ」

「そっか……」

「もしかして、やりたいの?」


 俺はこくっとうなずいた。結乃を抱きしめていると、とても安心するのだ。


「じゃあ、あの、そっちの陰で……」

「いいのかよ」

「だって、やりたいんでしょ?」

「お、おう」


 とはいえ、いざ結乃がその気になると俺がひるんでしまうところもある。今も少し勢いに押されてしまった。


 俺たちは十字路から少し進んで、細い脇道の電柱の陰に隠れた。これって不純異性交遊とかいうやつになるのかな……なんて不安になったりする。


「ほ、ほら、どこからでも来なさいよ」


 結乃が両手を広げる。表情が硬い。やはり緊張はしているのだ。


「じゃあ、ちょっとだけな」


 俺は結乃の背中に両腕を回し、抱き寄せた。


「んぅ」と結乃が声を漏らす。彼女も俺の背中に腕を回した。


 互いにブレザーを着ているから、あまり体温は伝わってこない。それでも、こうして腕の中に結乃がいるというだけで、俺はたまらなく満たされる。


 結乃の髪からシャンプーの甘い香りがする。何から何まで俺を癒してくれるんだな……。


 こんな脇道、さすがに誰も通らないだろう。通らないでくれ。


「風雅の腕の中って、どうしてこんなに安心するんだろう……」


 結乃がつぶやく。

 こそばゆくて、俺は返事ができなかった。


「結乃、そろそろ……」

「うん」


 俺たちは互いに腕を離した。

 結乃の顔はほんのり朱に染まっていた。


「風雅、赤くなってるわよ」

「結乃だって赤いぞ」

「……ふふっ」

「ははは」


 なぜだか、俺たちは笑ってしまった。


「さあ、学校行こうぜ」

「そうね」


     †


「初めまして、鏑木先輩」


 昇降口に着いた時、結乃が女子生徒に話しかけられた。

 黒髪を背中で束ねた、細目の女子だ。呼び方から察するに一年生のようだ。


「私、一年の西宮と言います」

「あたしに何か用事?」

「は、はい。鏑木先輩にご相談があるんです」

「どんな?」

「えーっと……」


 結乃の口調に、西宮と名乗った女子生徒は押されている。


「結乃、言い方きつくなってるぞ。優しく優しく」

「あっ、ごめんなさい。無意識になっちゃうみたい……」


 すかさず、結乃は西宮に向き直った。


「ごめんね西宮さん。つい言い方がきつくなっちゃう時があって」

「い、いえ。大丈夫です」

「それでお話って?」

「できれば、二人で話したいのですが……」

「わかった。――風雅、先に教室行っててもらえる?」

「はいよ」


 後輩から相談を受ける。これはかなり貴重な機会だ。俺はさっさとその場を離れた。


     †


 しばらく経って結乃が教室に入ってくる。顔が赤かった。


 気になったので、昼休みまで待って、誰もいない東棟に結乃を誘った。


「朝の話、聞いてもいいか?」

「た、たいした話はしてないわよ」

「顔が赤かったぞ」

「うっ……」

「どんな話だったんだ? できれば教えてほしい」

「そ、そうね」


 結乃は迷ったそぶりを見せたが、話し出した。


「彼氏と仲良くするにはどうしたらいいかって」

「は?」

「あの子、彼氏がいるみたいなの。でもつきあってからうまくいかなくなっちゃって、そのアドバイスをあたしに求めてきたみたいで」

「なんでお前だったんだ」

「なんか、鏑木先輩と道原先輩以上に仲のいいカップルはこの学校にいないからって」

「…………」


 俺たち、いつの間にか有名になっている……?


「それで、なんて答えた?」

「とにかく褒め合うって言った」

「なるほど」


 確かに俺たちはそうしてきた。


「あと、どうして相手を好きになったのか、ちゃんと言葉にしてみるとか」

「ほう……?」

「あたし、最初はどうして風雅のことを好きになったのかよくわからなかったの。でも、莉緒じゃなくてあたしを見てくれてるとか、いいところを見逃さないとか、言葉にできたら一気に想いが強くなった気がして」


 俺は腕を組んでうなずいた。

 恋愛感情は大切だが、想いばかりではなくそれをしっかり言語化する。相手のどこに惹かれたのかを。


 結乃らしい返事だと思った。


「あの子は納得してたか?」

「ええ、すごく感謝されたわ。元通り仲良くなってくれればいいけど」

「きっとなるさ。具体的なアドバイスほど効果的なものはないぞ」

「あたしの評判も、これで少しはマシになるかな」

「絶対なるね。ちなみに俺も言語化しておくと、結乃の――」

「待って! このまえ山ほど聞いたから! また聞かされたら顔真っ赤になっちゃうから!」

「結乃の全部が好きだ」

「あうっ……」


 結乃は両手で頬を押さえた。


「ほ、ほら、ほっぺが熱くなっちゃったじゃない。もうっ」

「すまん。だが、いくら言っても言い足りないから」


 謝ると、結乃は困ったように笑うのだった。


「でも、ありがとね。すごく嬉しいよ」

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