60話 開き直っておそろいにしたい

 文化祭が終わり、あっという間に十一月になった。


 朝方はかなり冷え込むようになり、いよいよ厚着しなければならない時期だ。


「おはよう風雅」

「おう」


 いつもの朝。いつもの十字路。

 俺たちは合流して学校へ向かう。


「今日、帰りに駅前行かない?」

「いいぞ。何か買うのか?」

「マフラーとか手袋とか……。風雅は買わない?」

「いや、買おうかな。新調しようと思ってたし見に行くか」

「やった」


     †


 そんなわけで放課後、まっすぐ長野駅に向かった。


 二人で話し合って、駅ビルの中に入っている店で選ぶことにした。


「まずはマフラーからね」

「どんなのにする?」

「うーん……」


 結乃は人差し指をあごに当てる。かわいい。


「風雅とおそろいにしたいかな」

「おそろい?」

「うん。もう、あたしたちがつきあってることってみんな知ってるでしょ? だから思い切って合わせてもいいんじゃないかって思うの」

「なるほど」


 確かに、すっかり情報は知れ渡っている。今さら周りの目を気にすることもないか。


 俺は台の上に置かれているマフラーの数々を一つずつ見た。


 そして、深い赤色のマフラーを手に取った。星柄である。


「これ似合うんじゃないか?」

「わ、いいかも」

「結乃って赤が合ってると思うんだ。どうだ?」


 結乃は鏡の前に立って首にマフラーを当てている。


「うん、ありね。じゃあ風雅はこれ」


 薄い緑のマフラーを渡される。柄は同じだ。


「あたし的には、風雅って緑のイメージなの」

「なぜ?」

「風のような人だから」

「風って緑かな」


 こくっと結乃はうなずいた。そのイメージはなんとなくわかる。


 鏡の前に立ってみる。


 ……案外、合ってるかもしれない。


 緑が、主張しすぎない明るさなのが気に入った。


「なかなかやるな」

「それ、お父さんの口癖でしょ」

「俺が使ってもいいだろ。将来は――」

「え?」

「な、なんでもない」


 将来はお義父とうさんって呼ぶことになるかもしれないし、なんて考えが一瞬だけ頭に浮かんだ。


 まだそれを考えるのは早すぎる。もちろんいつか別れるなんて絶対にないはずだ。しかし、さすがに今から結婚を意識するのはちょっとな……。


「お、俺の好みに一発で合わせてくるとはなかなかやるなってことだよ」

「それを言うなら風雅も同じよ。あたし、これ気に入っちゃった」

「じゃあ決定だな」

「うん!」


 次は手袋。

 俺は冬場、厚めの手袋を必ず使う。冬の散歩では、ポケットに手を入れて歩くと滑った時に対応できないからだ。


「結乃、柄はどうする?」

「あんまり派手じゃないのにしたいかな」

「だったら無地にして色だけ合わせよう」

「これは?」


 結乃が紺色の毛糸の手袋を指さす。俺は手に取って、結乃の手に重ねてみた。


「大いにあり」


 くすっと笑われた。


「風雅ってたまに変な言い方するわよね」

「そんなに変かな。まあ、めんどくさい言い回しを使うことはあるが」

「そこが個性なんだけどね。じゃあ、これにする?」

「いいぞ」


 俺がマフラーを、結乃が手袋を持ってレジに向かう。


「すぐ使いますか?」

「はい」


 店員さんが値札をハサミで切ってくれた。


 駅ビルの外に出る。


「今日は大輔さん、迎えに来るのか?」

「まだ仕事が残ってるみたい。歩いて帰るわ」

「じゃあついてく」

「言うと思った。ほんとに無理しないでよ?」

「わかってるって」


 俺は袋からマフラーと手袋を取り出した。


「早速つけていこう」


 結乃が微笑んだ。


「そうしましょっか」

「つけてやるよ」

「……うん」


 結乃がおずおずと両手を出してくる。


 俺はその小さな手に、そっと手袋をはめてやる。右手、左手。


「あ、あたしも風雅にやっていい?」

「ああ、頼む」


 俺は両手を出した。

 結乃が優しい表情で手袋をはめてくれる。ささやかな時間を大切にするように、ゆっくりと。


「おそろいね」

「いいな、こういうのも」

「はい風雅、マフラーも」


 結乃が俺のマフラーを持っているので、巻いてもらう。ちょっと背伸びしてくれるのがあまりにかわいらしくて、「意地悪だな」と思いつつも、俺は膝を曲げなかった。


 俺から結乃に同じことを繰り返す。結乃は背が低いから簡単に巻けた。


「苦しくないか?」

「ちょうどいいわ。風雅上手」

「これくらいで褒められるとなんかいつもより照れるな」

「ちっちゃなことでも褒めるのがあたしのスタイルだもん」

「結乃も上手だったぞ」

「ふふっ、ありがとね」


 手を差し出すと、結乃が掴んでくれた。


「いざ、結乃の家へ」

「やっぱり、言い方が不思議」

「い、いいんだって。行こう」

「はーい」


 手袋越しに結乃の体温が伝わってくる。


 今年の冬がどんなに寒くなろうとも、俺の心はずっと温かいままでいられるだろうな、と思った。

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