65話 初雪の日

 空の雲がいつもより灰色に見える。


「雪が降るな」

「え、わかるの?」


 昼休み。

 俺は結乃と二人で自動販売機の前にいた。


 十二月に入り、新生徒会も発足、星崎もあれこれ仕事を引き受けているようだ。


 俺たちは委員長も何もやっていないので気楽だ。とはいえ、結乃は星崎に何か頼まれれば速攻で手伝いに行くだろうが。


「雪降る時の雲ってああいう感じなんだよ。くすんだ灰色っぽくてさ」

「気にしたことなかったなあ」

「先にわかってもいいことないけどな」

「またまたご謙遜を。知識があるっていいことよ。素敵だと思う」

「そ、そうか。ありがとうございます」

「久しぶりに敬語が出たわね」

「うぐ、思わず言ってしまった」


 結乃が紅茶を買って、俺は缶コーヒーを買った。


 互いの両親が対面したあの日以降、母さんは小遣いの額を増やしてくれた。おかげで結乃といろいろなところに行ける。本当に陰から見守られていたんだなと実感した。


「帰りには降るかもしれないな」

「初雪ね。楽しみ」

「そうだな」


     †


 その初雪はものすごい降りだった。

 少し重ための雪がドカドカと街に降り注いだ。


 ここ最近の長野市は降雪量が減ってきているが、それを取り戻すかのように一気に降ることがある。まさにそれだった。


「うわあ、今日は傘ないのよね」

「俺もだ……」


 放課後。

 昇降口で、俺と結乃は空を見ていた。


「仕方ない、我慢して突っ切るしかないな」


 結乃がうなずいた。


 俺たちは道路へ出る。

 雪がどんどん頭に積もり始める。初雪からこんなに降るなんてなかなか貴重だぞ。楽しんだ方がよくないか?――ふと、そんなことを思った。


 俺は、早くも積もり始めた雪を掴んだ。


「結乃、受けてみろ」

「えっ、待って!」

「冗談だよ」

「い、いま本当に投げようとしなかった!?」

「してない。投げるふりだけだよ」

「もう、びっくりするじゃない」

「俺が結乃に不意打ちなんてひどいことするわけないだろ」

「じゃあ正面からだったら投げるの?」

「投げないよ。怪我したら大変だからな」

「雪合戦したいなあ」

「え」

「投げてくれないんだ……」

「い、いや、投げたら危険だし」

「受けてみなさいっ」


 結乃が足下の雪を掴んで投げてきた。ほわん、と音がしそうな山なり。俺は難なくかわす。


「うまく避けたわね」

「こんな道端で雪合戦やるのか?」

「いいじゃない。えいっ」

「おっと」


 雪玉を受け止める。威力がないから合わせるのは簡単だ。


 たぶん、彼女は力を抜いているのだろう。バレーであれだけの運動神経を見せた結乃ならもっと強く投げられるはずだ。


「じゃあ反撃させてもらうか」

「来なさいっ」

「よっ」

「あぅ」


 軽めに雪玉を投げると、結乃が取り損なって胸に当たった。


「取れると思ったのに」

「大丈夫か?」

「ふふん、このくらいで痛いわけないでしょ。小柄だからって甘く見ないでよね」

「じゃあ次は結乃の番だ」

「それっ!」


 俺はまたしてもしっかり受け止める。


「結乃、コントロールいいな」

「そう?」

「全部胸元に飛んでくる」

「なかなかやる?」

「なかなかやるね」


 俺たちは雪玉を交互に投げながら歩いた。


 歩道を他に歩く人はいない。俺たちを邪魔するものはないのだ。


「ふう、暑くなってきた……」

「けっこうしんどいな、これ」


 十数回くらい投げ合ったら汗が出てきた。


「積もったからはしゃいじゃったわね」

「結乃もまだまだ子供だな」

「ふ、風雅だってすごく楽しそうに投げてたじゃない」

「結乃が楽しそうだったから」

「あ、あたしは子供じゃないもん!……大人でもないけど」


 そう。俺たちはまさに大人と子供の中間点に立っているのだ。


「今日は結乃の家まで送ってもいいか?」

「帰るの大変よ」

「たまには母さんに迎えに来てもらうよ。いいだろ?」

「まあ、いいけど」


 俺はスクールバッグからタオルを出した。


「ほい、手を拭いて」

「ありがと」

「そしたら、あの手袋をはめて帰ろう」

「……うん!」


 結乃がバッグから、二人で買った毛糸の手袋を取り出す。俺も結乃と同じものを出す。


「だいぶ濡れちまったな」


 俺は結乃の頭に乗った雪を払った。


「うう、あたしは届かない……」


 結乃が背伸びして俺の頭を触ろうとしてくる。相変わらず必死なところがかわいい。


「じゃあ任せる」

「はい、触るわよ」


 少ししゃがむと、結乃が俺の頭の雪を払ってくれた。これは頭を撫でられているに等しい。


「いいもんだな……」

「何が?」

「頭を撫でてもらうの」

「ふふっ、これがいいの? 風雅もまだまだ子供ね」

「お、お前だってけっこうよかったんじゃないのか!?」

「な、何よその言い方! あたしは別に……」

「よくなかったか?」

「……よ、よかった、けど」

「では今後も時々撫でてあげよう」

「バカにしないで! あたしだってやられたらやり返すから!」

「ぜひ頼む」

「う、うまく誘導された気がする……」

「よしよし」

「う、うう~っ」


 また結乃の頭を撫でると、顔を赤くして睨んできた。それすらもかわいらしい。


「ま、まあほどほどにお願いね」


 結局は折れる結乃であった。


 初雪の日。

 今日も俺たちはいつも通りにぴったりで、とても熱い。

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