66話 いつだって手を貸すよ

 初雪から数日。

 あれから雪はさほど降らないが、気温が一気に下がった。


 道路の水たまりが凍りついて、通学路はなかなかスリリングな状況になっている。


 長野県は雪国に分類されるが、市街地はどっさり積もるということが少ないので、案外雪に慣れていない人が多かったりする。


「うう、寒いわね……」

「当分はこんな感じだろうな」


 放課後。

 俺たちはいつもの帰り道を歩いていた。


「今日も結乃の家までついてっていいか」

「いいけど、大丈夫なの?」

「降ってなければ問題ない」

「そっか」


 十字路を渡り、結乃の家方面へと進んでいく。


「もうすぐクリスマスね」

「あっという間にやってくるな。プレゼントをまだ考えてないんだが」

「あたしも。風雅、ほしいものある?」

「すぐには思い浮かばないな。プレゼントって当日まで内緒にしといた方がいいんじゃないか?」

「そうかもしれないけど、あんまり好みに外れたものだったらって思うと不安になっちゃうのよね」

「俺は結乃からプレゼントもらったっていう事実が重要だから、外れるとか気にしないでくれ」

「そう? じゃあ、何か選んでみる」

「俺も考えておくよ」


 結乃の家が見えてきた。


「風雅、余裕があるなら寄っていってもいいのよ? いつもすぐ帰っちゃうから」

「なんか、家に上がるのは勇気がいるんだよな。まだ気軽に寄れなくてさ」

「ほんと、変なところで慎重になるわね」

「休日にあらかじめ決めておくとかなら問題ないんだけどな」

「そっか――きゃっ!?」


 結乃が視界から消えた。


「だ、大丈夫か!?」


 氷を踏んで滑ったのだ。ひっくり返って地面に座り込んでしまう。


「ちょ、ちょっと待って!」


 俺がしゃがむと、結乃は焦ったようにスカートを直した。


「ゆ、油断してた。氷があったのね……」

「怪我はないか」

「うん、平気……いたっ」


 立ち上がろうとした結乃が左の足首を押さえた。


「うぅ、ひねったかも……」

「家はすぐそこだ。運んでやるよ」

「運ぶ?」

「だっこで」

「え、えええっ!?」


 結乃がキョロキョロする。


「こ、こんな道端でだっこなんて無理っ!」

「でも、歩けないだろ?」

「あ、歩けるわ! このくらい……うっ」


 立ち上がってすぐよろけた結乃を俺が支える。


「だ、だっこはダメ……。せめておんぶにして」

「わかった」


 俺はしゃがんで、結乃に背中を向けた。


「いいぞ。乗ってくれ」

「ご、ごめんね。お願い」


 結乃が俺の背中に乗ってきた。俺は二人分のバッグを持って立ち上がる。結乃は思ったよりも軽かった。これで体重を気にしているなんて何かの冗談じゃないのか?


「や、やっぱり恥ずかしい……」

「車も人も来てないし急ぐか」


 俺はまっすぐ結乃の家に向かった。


 結乃は俺にぎゅっとしがみついていた。もしかしたら胸の感触が……などと思ったりもしたのだが、上着が分厚いのでよくわからなかった。別に悔しくはない。


 結乃の家に入ると、玄関前でいったん下ろした。結乃は俺の肩に掴まって右足だけで立つ。バッグからカギを出して戸を開けた。玄関はもちろん、一段高くなっている。


「さすがに今日は上がらせてもらうかな」

「ごめんね……」

「いいって。鎮痛剤は置いてあるか?」

「うん。戸棚の上に薬箱があったはず」


 手を貸して、結乃を廊下に引き上げる。こんな事態なのだが、けんけんで歩く結乃があまりにかわいらしくて俺はドキドキしてしまった。


 居間に結乃を座らせる。両手を支えにして、足を伸ばす体勢を作ってもらう。俺は薬箱を取った。


「これは塗ればいいやつか。薬の上にシップって重ねていいんだったかな」

「わかんない……」

「その辺は大輔さんに訊いてみよう。とりあえず薬は塗っとくな」

「お願いします」


 結乃はソックスを脱いで左足を伸ばしてきた。


 肌、綺麗だな……。


 色白の足に、俺はちょっとたじろぐ。


「ね、ねえ、あんまりジロジロ見ないで……」

「す、すまん。とりあえずすり傷とかはなさそうだな」


 結乃は落ち着きなく座る位置を直している。よほど恥ずかしいのだろう。さっさとやらなければ。


「えっと、この辺りか」

「うん。そっと塗ってね」

「わかった」


 結乃の足首に鎮痛剤を塗る。


「いたた……」

「けっこう響くか?」

「そうね。……はあ、失敗しちゃったな」

「こんなこともあるさ。俺だって散歩しててしょうもないところで転んだりする」

「風雅でも転ぶの?」

「ああ。遠くから見たら間抜けに見えると思うぜ」

「そっか。風雅にもあることなんだ」

「そうそう。だから気にするな」


 俺が言うと、結乃は小さく笑った。


 このあと腫れ上がるのが心配だ。重症にならないことを祈ろう。


 今日はついてきて大正解だった。結乃が一人だったら、今頃はもっと大変なことになっていたかもしれない。


     †


 その夜、結乃からメッセージが来た。


 整形外科で診てもらったところ、軽くひねっただけで、怪我の程度は思ったよりも軽かったという。


 それを聞いて俺はホッとした。


「しばらく迷惑かけるかも」と結乃は心配しているようだが、俺からしたら何でも来いという感じだ。


 俺はいつだって、彼女の危機に手を貸せる彼氏でありたい。それを実践していくだけだ。


 今日はまずそれを実行できた。

 少しくらい自信持ってもいいよな?――いいことにしよう。

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