15話 明日、こっそり会いたい
明日はクラスマッチ当日である。
今年の俺は去年より出席日数が多く、練習にもかなり参加した。おかげでソフトボールの主力に入れてもらえそうだ。
去年は入学早々ちょくちょく休んでいた。おかげでクラスマッチの時期になってもクラスメイトのことがほとんどわからず、みんなも明らかに俺の扱いに困っていた。当然試合には出ていない。
今年は出たい。
鏑木に活躍するところを見せたい。
相手は三年三組なので格上だが、できないことではないはずだ。
放課後、俺は鏑木より先に学校を出た。
ゆっくり歩き、近くの自動販売機で時間をつぶす。
しばらくすると、鏑木が歩いてきた。ブレザーを腕にかけて、ベージュのカーディガン姿になっている。衣替えにはまだ時間があるのに、夏のような暑さが続いている。何枚も着ている人は大変だろう。
「あれ、道原じゃない。まだこんなところにいたの?」
「実は鏑木を待ってた」
「ええ? 一緒に帰ってはあげないわよ」
「微妙に上からだな」
「だって、わざわざ待ってるなんて言うから……」
「まあ、歩きながら話そう」
「だからぁ、一緒には帰らないって――」
「そこの十字路までじゃないか」
「……仕方ないわね」
けっこう簡単に折れてくれるのな。
「明日、クラスマッチだろ」
「そうね。道原は試合に出るの?」
「今年の感じならたぶんな。鏑木は?」
「あたしは出ないかも。バレーのチームなのに、背も低いし」
「メンバーって全員出すもんじゃないのか」
「勝ち上がる方を優先するんじゃないかな」
鏑木は苦笑する。
「女子ならバドミントンって選択肢もあったんじゃ?」
「バドって全試合ダブルスでしょ。女子で二人組を作ると、あたしって余るのよ」
「星崎がいるだろ」
「莉緒は人気者だから、組んでほしいって言う子が多いの。それを無視してあたしと組むと、余計にあたしが悪目立ちしちゃうじゃない?」
「面倒な話だな……」
「莉緒もその辺はわかってくれてるから、あたしはバレーでいいかなって」
「じゃ、星崎はバドチームなのか」
「バレーよ」
俺はつんのめった。
「今の流れ的にバドミントンじゃないのかよ」
「あたしのこと、やっぱり気にしてくれてるみたい」
「いい奴だな。お前が大切にしたいって思うのもよくわかるよ」
「でしょ? 自慢の友達なんだから」
ふふん、と鏑木は少し得意げになった。
「それはともかく、試合に出られない雰囲気なのか?」
「うちのクラスってバレー部員いないのよ。でも運動神経いい子は多くて、形にはなりそうなの」
「なるほど察した。練習の中で、戦えるメンバーが固定されたんだな。だから出番がない」
「あたし、動けるとは思うんだけど、ブロックもできないし……」
「クラスマッチでそこまでの技術求められるか?」
「莉緒はやってるわ」
「万能かよ」
「あたしが出るなら、他の人より動けるくらいじゃないとダメなの。でもそこまでできないから……」
「見ているだけ、と」
「莉緒が活躍するならなんでもいいわ」
十字路にさしかかった。
鏑木が俺を見つめてくる。
「それで? こんな雑談がしたかっただけ?」
「いや、提案をしたかった」
「どんな」
「明日、学校の中で話したい」
「えっ」
鏑木が困ったような顔になる。
「そ、そんなの無理にしなくても……」
「帰りか朝しか話せないのが面白くないんだ。明日なら人目もばらけるし、チャンスじゃないかと思って」
「どの辺で?」
「東棟の建物の陰とか」
「建物の……陰……」
「おい。何を想像した?」
「そ、想像なんてしてないっ! 勘違いしないで!」
「お、おう」
必死になっているので追求してはいけない空気だ。
「明日はみんな校舎の西側に集まるはずだ。負けた奴らはさっさと帰るし、チャンスじゃないかと」
「どうしても?」
「できれば」
鏑木はそわそわと体を揺らす。赤信号に引っかかっている車の運転手がこっちを見ていて気まずい。
「まあ、いい、けど」
「おっ、本当か!」
「ちょっとだけよ! 見つかったらまずいんだから、少しだけ! これくらい!」
親指と人差し指で「これくらい」を表現するのがかわいすぎる。
「わかった。俺は九時からの第一試合に出るから、そのあとで」
「女子バレーは十時からだけど」
「そうなのか。じゃあ、そっちが終わり次第ってことで」
「メッセージ送ってあげる。受け取ったら動いてくれればいいわ」
「助かる。現場で落ち合おう」
「了解。――あ、周りには気をつけなさいよ? 誰かに尾行されたら大変なことになるんだから、ちゃんと抜け出す理由を考えておくこと」
「その辺はさりげなくやるよ」
「しっかりやってよね。あたしもうまく言い訳して離れるから……そうね、メッセージ送ってから三分以内にはさっき言った場所で合流しましょう」
「細かいな」
「当然よ! 難しいことをやるんだからできるだけ細部は詰めておかないと……でも、莉緒がみんなをまとめてくれればあたしは抜け出せるかな」
「…………」
「な、なによ。なんでにやにやしてるの?」
「いや、風が気持ちよかったから」
「もう、あなたって自由すぎ! 道原が言い出したんだからちゃんと実行してくれなきゃダメよ?」
「任せろ。こう見えて本番には強いから」
「まったく……」
鏑木はため息をついた。横の歩行者信号が青になる。
「じゃあ、また明日ね。誰かにつけられたら許さないから!」
「おう、また明日な」
歩いていく鏑木の背中を見送る。
ニヤニヤしてしまったのは、もちろん風のせいではない。
最初は嫌そうだったのに、途中からノリノリになっていく鏑木の変化が面白かったからなのだ。
それにしても……。
鏑木はあんなに雑な言い訳でも当たり前のように受け取ってくれた。
俺の自由な性格に慣れてきたからだろうか。
なんにせよ、馴染んできたのだとしたら、これはいい流れだ。
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