16話 今日はやけにからかわれる

 雲一つない快晴である。

 ちょっと暑いくらいだが、ソフトボールをやるにはこのくらいの方がいいか。


 若里高校はクラスマッチ当日を迎えていた。

 男女バレー、男子はソフトボール、女子はバドミントンという具合に分かれている。


 俺はソフトボールチームだ。体の調子もいいし、鏑木の前で活躍したいところだ。


「道原ぁ~」


 俺を呼ぶのは野球部のクラスメイトで片桐かたぎりという男子だ。丸坊主で笑うとえくぼができる愛嬌のある人物である。


「どうした」

「道原、お前一番打っていいぞ」

「なんで俺が?」

「鏑木さんたち見に来てるし、なるべく見せ場は多い方がいいだろ」


 すでにクラスの男子も俺が好きな相手を知っているらしい。


「なら、お言葉に甘えさせてもらうか」

「打ってくれよな」

「任せろ」


 こうして俺は一番でセンターを守ることが決まった。


 若里高校はグラウンドが広いことで有名だ。なので、四隅を使って四試合同時進行することができる。


 九時の開始と同時に、早速俺たち二年二組と三年三組の試合が始まった。


 自動販売機に一番近い角で、真後ろにテニスコートがある。それぞれのクラスの女子がフェンス越しにこちらを見ていた。鏑木の姿もその中にある。ジャージの上着を腰に巻いて半袖を着ている。また貴重な格好を見せてもらえた。


 相手は野球部の主力が二人に、中学まで野球をやっていた男子が三人いるという強力な並びだ。こちらは野球部が片桐だけなので、もちろんピッチャーは彼にやってもらう。


 初回にボコボコ打たれて一気に三点取られたがなんとかチェンジ。


「道原いけー!」


 石山や片桐の声援を受けて俺はバッターボックスに向かった。


「道原君打って~!」

「いいところ見せなさいよ!」


 背後から声がした。星崎と鏑木だ。


 ――やるぜ。


 俺は目をカッと見開いて構えた。


 相手ピッチャーは野球部の主力選手。豪快なフォームから速球を繰り出してくる。


 キンッ。


 しかし問題ない。

 俺は軽く打ち返してレフト前に持っていった。


 女子が「おお~!」と声をそろえた。ああ、気分がいい。トップバッター最高。


 ソフトボールの投げ方であれば、相手が野球選手でも関係ない。感覚が違うからな。さすがにオーバースローで140キロとか投げられたら絶対に打てないが。


 二年二組は後続がなんとかつないで二点を返す。


 その後は点の取り合いになり、結局、9対8で俺たちは敗退した。


 俺はさりげなく全打席ヒットだったのであまり落胆はなかった。


     †


「そんじゃ、俺は帰るわ」

「おう、お疲れー」


 クラスマッチは閉会式がないので、負けたクラスの生徒はその時点で帰ってもいいことになっている。

 男子が次々に帰っていくので、俺と石山は全員に声をかけてやる。


 俺は教室にいて、鏑木からメッセージが送られてくるのを待っていた。

 今日のメインイベントは試合よりむしろこれなのだ。


 石山と雑談して時間をつぶしていると、携帯が振動した。画面を確認する。


『終わったから移動するね。

 三分以内に合流。

 あとをつけられないこと!』


「さーて、なんか飲み物でも買ってくるかな」

「あ、おれのも頼むよ」

「……まあ、いいが……」

「すげぇ嫌そうだな」

「そ、そんなことないぜ。何がいい?」

「サイダー。ペットボトルの奴でよろしく」

「わかった」

「ほいお金」

「ありがたく」

「お前にあげるわけじゃないからな?」


 俺は教室を出た。

 少し危なかったが、石山も疑っている様子はなかったので大丈夫だろう。


 俺は渡り廊下に出ると、校舎の壁伝いに側面へ回り込んだ。

 東棟の外に小屋が建っている。

 農業実習で使う道具が入っているのだ。

 あの陰で鏑木と合流する。


「道原」

「うおっ!?」


 飛び跳ねると、「きゃっ」と声がした。

 振り返るとジャージ姿の鏑木だった。


「は、早く行って」

「そ、そうだな」


 俺たちは早足で小屋の陰まで移動した。


「バレてないわね?」

「大丈夫のはずだ」

「だったらいいわ。そういえばここって……」

「前に、鏑木が三年に連れ込まれたところだな」

「嫌なところを指定されたものね」

「し、仕方ないだろ。他にいい場所がなかったんだよ」


 鏑木は小さく笑う。


「でも、道原に助けてもらった場所でもあるのよね。そんなに悪い場所でもないか」


 怒っているわけではなさそうだったのでホッとした。


「女子は勝ったのか?」

「一年生相手だし、余裕でストレート勝ち。もうすぐ二試合目もあるから」

「すると、あまり時間は使えないわけか」

「ちょっと話せればいいんでしょ?」

「ま、まあな」

「……ふふっ」

「な、なんだよ」

「ごめんね。あんまり意地悪ばっかり言うのもよくないわよね」


 ずるいぞ。俺の感情が鏑木の手の上でコロコロされている……!


「今日の道原、すごくよかったわ」

「試合は負けちまったけどな」

「でも全部ヒットだったじゃない。あんなに運動神経いいなんて知らなかった」

「コツを掴むのが早かっただけだ」

「さらっと言うわね。それが難しいと思うんだけど」

「慣れるのが早いってのは俺の武器かもな」

「莉緒もすごいって言ってた。なかなかやるわね」

「また大輔さんと同じことを……」


 う、と鏑木が口を押さえた。


「癖って直らないものね」

「まあ、いいところが見せられてよかったよ」

「どうせならもっと見たかったけどね。なんで負けちゃうかなあ」

「そ、それは俺に言われても困る。俺はエラーもしてないぞ」

「なんてね。相手は格上だし、仕方ないことよね」

「……今日はやけにからかってくるな」

「ちょっと気分がいいからかな?」

「なぜに」

「なぜでしょう」


 いつもより声も元気があるように思える。こんなに楽しそうな鏑木を見るのは初めてだ。


「答え、わかる?」

「俺が活躍したから」

「そうかもしれないわね」

「おい、はぐらかすのはずるいぞ」

「しーらない。自分で頑張って考えてみてよ」


 鏑木が携帯を見た。


「あ、そろそろ二試合目だから、あたしはこれで行くわね」

「え、早すぎないか」

「時間決まってるんだもん。じゃあね」

「待っ――」


 ……行ってしまった。


 テンションが高い鏑木はめずらしい。あんな彼女と話せただけでも、今日は計画した意味があったというもの。


 しかし、やっぱり答えは教えてほしかった。


 俺はもやもやした気持ちを抱えたまま、教室に戻った。


「ただいま……」

「遅かったな風雅。あれ、飲み物は?」

「あ」

「……はーん、そういうことね。いや、おれは全然気にしてないよ。お疲れお疲れ」


 石山は完全に理解した様子だった。


 ……俺の馬鹿。


     †


 私が体育館で体を動かしていると、結乃が戻ってきた。

 トイレに行くって言ってたけど、あの落ち着きのなさから察するに、たぶん道原君と会っていたんじゃないかな。

 そうだとしたら、いよいよあと一歩という感じがする。


「次は三年生相手か~。きつそうだな」

「頑張ってね、莉緒」

「うん。それより結乃、なんか今日テンション高いよね」

「そうかな?」

「はっきりわかるよ。あれでしょ? 道原君が活躍して、他の女子があの人を褒めてたのが嬉しかったんでしょ?」

「さ、さあ? ななななんのことかしらね」

「あははっ、ほんと結乃ってわかりやすい。気になってる人が褒められると自分まで嬉しくなるよね~」

「うぅ……なんでもお見通しなのね……」

「親友ですから。結乃が楽しそうで私も嬉しいな」


 そう、これは私の本心。

 今日の結乃は本当に楽しそう。

 こんな顔が見られて、私はすごく嬉しい。


 道原君、あなたのおかげだよ。

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