49話 抱きしめられると温かい
十月に行われる若高祭の準備が本格的になってきた。
俺と結乃も、学校付近の住民を訪ねては柴犬の写真を撮らせてもらっていた。クラスメイトたちもそれぞれに動いているようで、提出される写真は日に日に増えている。
それを見て、結乃は叫びたい気持ちを必死に抑えているらしかった。
「毎日みんなが持ってくる写真を見るのが最近の楽しみなの」
「どんどん増えてるからな」
「そう! みんな写真上手くてすごく助かる」
「お前のために撮ってるわけじゃないぞ?」
放課後。
俺たちは久しぶりに歩道橋の上にいた。
「あなたの友達……石山君も写真上手だった。上から撮るとわんちゃんって少し幼く見えるのよね。不思議だわ」
「ああ……」
俺は生返事で下を流れる車を見ている。
「風雅?」
「なんだ」
「元気なさそう」
「そんなことないぜ」
「でも、そういう返事だってなんかテンション低いし……」
「そうか?」
結乃がこくんとうなずく。
俺は自分の発言を振り返る。
確かに、そっけなくしてしまったかもしれない。
なぜだろうか、胸にモヤモヤしたものがあるのだ。うまく言葉にできないのがもどかしい。
「別に、元気ないわけじゃないんだよ。気持ちの問題かな」
「気持ち……」
俺は腕組みして考える。自分の感情を整理する。
「ああ、そうか。俺、嫉妬してるんだ」
「ええっ、嫉妬?」
今度は俺がうなずく。結乃がおどおどし始めた。ちくしょう、どんな動きしてもかわいいな。
「だ、誰に対して?」
「柴犬」
「人じゃなく?」
「だって、そもそも結乃から男子の名前ってほぼ出ないだろ。人間に対して嫉妬するのはありえないんだよ」
「そ、そっか」
俺は結乃の目を見つめる。
「正直な気持ちなんだけど、結乃が柴犬の方を見てて俺を見てくれなくなったんじゃないかって、勝手に不機嫌になってたんだ。最近テンション低めなのってそのせいかもしれない」
「そ、そんなことないのに……。あたしは風雅しか見てないもの。確かに、柴ちゃんの話ばっかりしてはいたけど……」
「ああ、俺の考えすぎだ。頭ではわかってるんだけどな……うわっ」
いきなり、結乃が俺に抱きついてきた。
「ゆ、結乃!?」
「風雅ってば、案外さみしがり屋なのね。あたしの気持ちが離れるわけないじゃない」
「……すまん」
「いいの。たまには彼氏を元気づけてあげなきゃね」
俺も結乃の背中に腕を回した。小柄で、すっぽり収まってしまう。そんな、小さな彼女の大きな温かさに、俺は癒やされているのだった。
「えへへ、風雅あったかい」
「結乃はちょっと熱い気がするぞ」
「そ、そんなことないわ。恥ずかしくなんてないもの」
「つまり恥ずかしいんだな」
「うぅ……」
久しぶりにいつものやりとりができた気がした。
「なあ結乃、もうちょっとこのままでもいいか?」
「いいけど……誰か来たら大変よ。見つかったらもっと恥ずかしいわ」
「あと少しだけでいいんだ」
「う、うん……」
結乃が俺をぎゅっとしてくれる。お互い、こういうことができるようになった。手をつないだだけでそわそわしていた時期はもう過ぎた。……とはいえまだ恥ずかしさはあるのだが。
「あたしだって」
「ん?」
「あたしも、風雅がこっちを向いてくれなくなることが怖いのよ。しばらくは柴犬ではしゃいじゃうと思うけど、いつだって風雅のこと見てるからね」
「ありがとう、結乃。俺だって結乃が一番大切なんだ。ちゃんと向き合うよ」
「絶対よ?」
「約束する。俺の約束はひと味違うぜ」
「ふふっ、そうね。あなた、普通の人とは違うものね」
カンカンと誰かが階段を上がってくる音がした。
俺たちはすばやく離れる。
互いに顔を赤くしつつも、並んで車の流れを見つめているふりをする。違う学校の男子生徒がうしろを通り過ぎていった。
「危ねえ」
「ギリギリだったわね」
「でも、こういうスリルって癖になるよな」
「あっ、悪いこと考えてる! あたしはごめんよ! こういうことは、本当は安全なところでやらなきゃいけないんだもの!」
「自分が抑えられなかったら許してくれよ、結乃」
「こ、怖い宣言やめて!」
「ふふふ、どうなるかなぁ」
「もう~っ!」
怪しい空気が流れかけたが、やっぱり俺たちはいつも通りだ。
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