35話 河原でお昼を食べさせてあげる

『牛肉!』


 ……という文章とともに、スーパーで売っている牛肉の写真が送られてきた。もちろん、相手は結乃。


「えーっと……」


 どう返すのが正解?

 まったくわからないんですが。


 俺は悩みに悩んだ末に、


『一緒に食べる?』


 と返した。


『さすがは風雅! どうやって食べたい?』


 テンション高すぎじゃないか。


 迷うなあ。結乃にはこう食べたいというイメージがすでにあるんじゃないだろうか? 正解を外したら評価がガクッと下がる展開は絶対に避けたいのだが。


 でも、せっかくだから意表を突きたい気持ちもある。


 よし、やるか。


「もしもーし」

『いちいち電話してきたらメッセージの意味ないじゃない』

「まあまあ。その牛肉の調理法について考えたんだが」

『風雅はどうしたい? きのう目についたから買ってみたのよ』

「二人でバーベキュー」

『えっ?』

「犀川の河原でやらないか? 俺、一人用の焼き肉セット持ってるんだよ」

『……やってみたいかも』

「じゃあ今から犀川へ行く。丹波島橋の下で合流な」

『いいわよ。それも面白そうだわ!』


 こうして、予期せぬ形で結乃と野外デートすることになった。


     †


「母さん、突然で悪いんだけど犀川まで乗せてってくれない?」

「え、うそ」

「そんなびっくりすることないだろ」

「だって、歩くのが生きがいみたいなあんたが……」

「今日は荷物が多いんだ。頼むよ」

「ははあ、彼女と遊ぶのね。わかった」


 こうして移動手段を確保した。


     †


「やっぱり橋の下は涼しいわね」

「風もあってちょうどいいな」


 午後一時。

 爽やかに晴れた空の下の橋の下。


 俺と結乃は石を動かして平坦な部分を作り、ミニ七輪を置いた。


「買ってきたのはこれだけよ」


 結乃が二パックの牛肉を出してきた。スーパーで売っている中では一番安いやつだ。


 今日の結乃はカーキ色のワンピースを着ていた。前にも同じ色のワンピースを見たが、今日のはちょっと肩の見えるタイプ。


「ではやりますか」


 俺は火をつけて、一人でやる時と同じように準備を進めていく。


「焼き肉用ので助かったよ。切り分けるところからやるともっと時間かかるからさ」

「どれにしようか迷ったけど、ちょうどよかったみたいね。でも、道具重かったでしょ」

「平気だよ。親に送ってもらったから」

「えっ? あの風雅が?」

「そこ驚くところか?」

「だって、歩くのが生きがいなんでしょ?」

「母さんと同じこと言わないでくれよ。せっかくこういう機会が作れたんだし、俺は本気で結乃といい時間を過ごしたかったんだよ。だから持ち物は妥協できなかったね」

「風雅……信念を曲げてまで来てくれるなんて、すごく嬉しい」

「大げさだな」


 俺は笑う。

 ミニ七輪に折りたたみ小型テーブル、折りたたみ椅子、まな板、包丁、調味料やタレ、マッチ、ゴミ袋……。


 家にあった飲料水のペットボトルも持ってきたから、車から河原まででもけっこうきつかった。でも、こうして結乃が嬉しそうにしてくれると頑張ってよかったと思う。


 食材や飲み物は、鏑木が自転車に詰め込んで持ってきてくれた。おかげでかかる手間は最小限だ。


 俺たちは、ミニ七輪を挟み、折りたたみ椅子を拡げた。


「では、炙っていきますぜ」

「わくわくしてきた!」

「結乃もやってみるか?」

「まずは風雅のを見てから。はい、やってやって」


 すごく楽しそうだ。


 七輪はミニなので、焼き肉屋のように一気に何枚も焼けるわけではない。すぐ終わらせるのももったいないので、まずは二枚ずつ置いてみる。


「わ、いい匂い! 風雅、慣れてるわね!」

「家の中にいるより外の方が好きだからな」

「家でもこれ使ったりするの?」

「庭で一人焼き肉やったりするよ。親に邪魔されないように時間帯を見計らってな」

「せっかくならみんなでやればいいのに」

「取り分が減るだろ?」


 俺の答えに、結乃が「そうね」と笑った。

 今日の結乃はいつもの数倍表情が明るく、楽しそうだ。何かいいことがあったのだろうか。


「ほい、まず一枚目」

「あたしが食べていいの?」

「もちろん。冷めないうちにどんどんいってくれ」


 テーブルには俺が持ってきた紙皿がある。焼き肉のタレやブラックペッパーも用意済み。


「いただきます」


 結乃がタレをかけて焼き肉を口に入れる。


「すごい、おいしい!」

「よかった。うまく焼けてるみたいだな」

「家でやるのとかなり違うわね」

「網で焼かないだろ?」

「あ、そっか。けっこう違いって出るのね」


 俺はどんどん肉を焼いて結乃に渡す。たまに自分でも皿に取って食べる。ちょうどいい感じ。


「風雅、こういうことできるのって素敵よね」


 残りの肉が少なくなってきた頃、結乃がこぼした。


「すぐ行動起こせるのもそうだし、食事の手順とかも完璧に掴んでる。あたしってあんまり得意なことないから、憧れちゃうな」

「……これは、趣味でやってることの延長だよ」

「もしかして、照れてる?」

「ま、まさか」

「照れてるでしょ」

「そんなことないね」

「じゃあ、ちゃんとこっち向いて」

「少し待ってくれ」

「ほら、向けないんでしょ?」

「くっ……」


 まさか、自分がここまで褒められるのに弱いとは思わなかった。結乃の言葉が嬉しくて、すぐ顔が熱くなってしまうのだ。


「あたしも、風雅のために何かできるようになりたいな。お料理は人並みにできるつもりだけど」

「気負わないでくれ。今の俺がされて一番嬉しいことってなんだと思う?」

「え、なんだろう……」

「結乃がおいしそうに食べてくれることだよ」


 すかさず、結乃が箸を持った手で顔を隠した。


「よ、よく恥ずかしげもなくそういうこと言えるわね……!」

「本心だから」

「そ、そっか。あたし、おいしそうに食べてた?」

「そう見えたよ。作った甲斐があったってもんだ」

「……よかった」

「無理に変わろうとか、考えなくていいんじゃないか。これやりたいって直感で思ったらどんどんやってくれていいと思うけど」

「うん。風雅に任せっきりで悪いなって思っちゃったから」

「こっちはやりたいからやってるんだ。つきあってくれて嬉しいよ。二重の意味で」

「ま、また恥ずかしいこと言うー!」


 俺たちは顔を見合わせ、笑った。


「今日の風雅、なんか言い回しがキザっぽい感じ」

「結乃はやけにテンション高く見えるな」

「外だからかな」

「確かに、こういう食事って気分変わるよな」

「今日はできてよかった」

「俺もだ。ところで、テンション高い理由ってそれだけなのか? 他に何かあったとか」

「あ、そうね」


 結乃はテーブルに皿を置いて言った。


「お父さんに、あなたとつきあってること話したの。そしたら、「しっかりやりなさい」って言ってくれて、すごく嬉しくて」


「…………」


 マジ?

 俺たちの関係、大輔さんに知られちゃったの?


「そ、そうか。やったな。ははは」


 ……これ、いつか呼び出しありそうでめちゃくちゃ怖いぞ……。

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