34話 水着なんて見せられない!

「やべっ、ボールがプールの方に!」

「しょうがねえなぁ、俺が取りに行ってやるよ」

「いやいや、俺が行くって」

「待て待て、ここは俺に任せろ」


 ……欲望に忠実な奴らめ。


 俺はコート外に出たサッカーボールを追いかけていく数人の男子を眺めていた。


 今日は一学期の終業式の日だ。


 三時間だけ授業があり、午後から自由。明日からは夏休みだ。


 で、その直前に炎天下の中、体育でサッカーをやらされているわけである。

 俺たちはサッカーなのに、女子はプール。

 順番が決まっているとはいえ、ずるいよな。


「見えないなー」


 男子どもがぼやきながら帰ってきた。

 プールは少し高い位置に造られているので、校庭からだとよく見えないようになっているのだ。それでも一握りの可能性に賭けたくなってしまう。男ってやつはこれだから……。


 いや、でも、結乃の水着姿は見たいな……。


 ふと、俺は思った。


 結局、俺も大多数に含まれる男子に変わりないのだった。


     †


「明日、プールに行かないか」

「いや!」


 放課後。

 帰り道を歩きながら提案したら、瞬殺された。


「あたしの水着が見たいだけでしょ!」

「泳いで冷たくなりたいんだ」

「ほんと?」

「……ごめん、水着見たい気持ちもちょっとある」

「ほら!」


 結乃は腕組みする。


「今日、男子が何度もプールの方に来たわよ。そんなにみんな水着が見たいわけ?」

「男は悲しい生き物だからな……」

「だいたい、あたしの水着なんてどこが嬉しいのよ」

「嬉しいしかないだろ」

「そ、そうなの?」

「彼女の貴重な姿だぞ。喜ばない彼氏なんて絶対にいないね」

「ふ、ふーん……」


 あれ?

 これ、もしかしていける流れ?


「でもあたし、莉緒と違ってスタイル微妙よ。起伏もないし……」


 結乃が組んだ腕を少し上げて胸を隠す。


「俺がそんなこと気にすると思ってるのか。スタイルだけですべてが決まるなら、俺がこんなに結乃のこと好きになるわけないだろ。結乃そのものがかわいいし好きなんだよ」

「うっ……あ、ありがと」


 いつの間にか結乃の顔が赤くなっている。

 気温のせいか、照れているのか、どっちだ。


 ……というか、ちゃんと起伏はあるだろ……。


 俺は頭の片隅で思った。

 確かに星崎とかに比べればひかえめかもしれないが、結乃だってちょうど手で包めるくらいに……。


「風雅、なんで顔赤くなってるの?」

「え?」

「何を考えてたの?」

「…………」

「あたしの胸、見てた?」

「……悪かった」


 早いとこ降伏するしかない。


「その程度で赤くなるなんて、風雅もなかなかわかりやすいんじゃない?」


 ふふん、とすごいドヤ顔を俺に向けてくる。


「今日は暑いから、半分は気温のせいだよ」

「言い訳ね。いやらしいこと考えてそうだから、プールはなし」

「そ、そんな」

「明日はいつものところでコーヒー飲みながらお話するだけにしようじゃない」

「……わかった」


 これ以上抵抗して、セクハラと言われたら負けだ。諦めるしかないか……。


「そ、そんな悲しそうな顔しないでよ」

「ひどい顔になってるか?」

「なんか、悲惨」

「遠慮なさすぎだろ」

「プール行かないくらいで大げさなのよ」


 言い返せない。ならばあと一回だけ、違う角度から攻める!


「結乃は、俺の水着に興味ないか?」

「え……ええっ?」

「前に俺の、雨に貼りついたシャツ見て――」

「ああああっ、ダメ! 思い出させないで!」

「えー、俺だって見られたんだけどなー」

「うぐっ……で、でもプールは絶対行かないわよ! 風雅の水着も、確かに気になるけど」

「なるのか」

「でも風雅の……いえ、あたしも水着にならなきゃいけないんだし……ううっ、見るのも見られるのも考えるだけで恥ずかしいわ。うん、やっぱりプールは却下! 水着なんて見せられない!」


 かなり葛藤があったようだがダメだった。

 どうしても折れてくれそうにない。もう他に説得の方法が思いつかないので、ここらが引き時か。


 仕方がない。

 明日は普通のデートをしよう。


 ……いやいや、それだって充分贅沢だろうが。感覚が麻痺しているぞ。


     †


 翌日。

 夏休み初日。

 俺は長野駅の善光寺口のエスカレーター前で結乃を待っていた。


「風雅、お待たせ」

「おう、やっと来たか――」


 全部言えなかった。


 結乃が、ショートパンツにヘソ出し半袖Tシャツという格好だったからだ。滑らかそうな白い肌が惜しげもなく夏の熱気に晒されている。


 ど、どういうことなんだ? いつもと違いすぎる……。


「み、水着は見せられないけど、まあ、これくらいなら勇気出せるかなって……」


 そわそわした様子で結乃が言った。


 その姿に、俺はたまらない愛おしさを感じた。何度でも言うが本当に抱きしめたい。


「結乃」

「う、うん」

「最高にかわいい。大好きだ」

「あ、ありがと。……よかった」


 小さな、安堵の声が聞こえた。


「さあ風雅、行きましょ」

「ああ、手を貸して」

「はい、しっかりエスコートしてね?」

「任せろ」


 俺たちは手をつないで歩き出す。


 結乃の手は熱い。歩いてきた分もあるだろうが、恥ずかしさもかなりあると思う。


 それでも、こんな格好をしてきてくれた。俺が残念がったから。


 鏑木結乃。

 かわいくて健気な、最高の彼女だ。

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