17話 全力の彼女が好きなんだ

「女子の応援行かねぇ?」


 石山がそんなことを言い出したのは、午後一時を回った頃だった。


「なんか決勝まで行ったらしいよ」

「マジか。でも、俺たちだけ行くのも気まずくないか。他の男子はもういないし」

「いいじゃん。女子ばっかりの空間だぞ。大義名分がある時は積極的に突っ込むべきだろ」

「それもそうか……」

「鏑木さんの活躍も見られるかもしれないぞ」

「試合出てるのかな、鏑木……」

「まずは行ってみよう! 気まずかったら帰ればいいさ」

「そうだな」


 というわけで、俺と石山は女子バレーチームを応援すべく教室を出た。


     †


「これはきついなー」


 横で石山がつぶやいた。


 決勝戦は三年一組との試合だった。向こうには女子バレー部のメンバーが二人いて、当然のように苦戦を強いられている。


 こちらはバレー部員がいない。しかし、全体的に動けるメンバーで固めていると聞いた。おかげで一方的な展開にはなっていないが、すでに一セット落としている。


「相手、ほぼ女バレの二人だけで回してるな」

「そりゃ、連携取れる仲間でやった方が楽っしょ」

「あまりスパイクは打ってこないな?」

「スパイカーは他のクラスの人なんじゃね?」


 などと話していたらスパイクを決められた。

 第二セット、これで23対24。相手がセットポイントを握った。


 プロの試合と違い、時間短縮のために二セット先取で勝ちとなる。


 これはさすがに無理か……。


 俺の中でも諦めの気持ちが強くなっていた。点差が離れた一セット目に比べると粘っているが、この状況から巻き返すのは難しい。


 俺は横に視線をやった。

 鏑木が「まだまだ!」と声を出している。


 俺と石山は体育館の入り口から試合を見ていた。手前のコートを使っているので、控えメンバーがすぐそこにいる。鏑木の背中が見える。


「タイム下さい!」


 星崎が声を上げ、試合が止まった。


 女子チームがベンチに戻ってきて、控えメンバーも含めて話し合う。みんな真剣な表情だ。男子はやる気のない奴が多かったが、こちらは本気で向き合っている。


 やがて円陣が解けた。


「水沢さんから鏑木さんに交代お願いしまーす!」


 星崎が審判を務めるバレー部員に言った。


 おお?

 鏑木が出るのか、ここで。


 鏑木がぴょんぴょん跳びはねると、コートに入っていった。


「鏑木さんだけ出てなかったもんね」

「さすがにかわいそうだよね……」


 クラスメイトの女子が話しているのが聞こえた。


 そうか、鏑木はやはりここまで出番がなかったのか。そのまま終わるのはかわいそうだから、最後の最後に機会をあげよう、というわけだ。


 面白くないが、鏑木がコートで動くところは見られる。それだけでも少しはマシと考えるか。


 再開のホイッスル。

 サーブが来た。星崎が上げて、周りの女子がつないで返す。

 相手はしっかりレシーブして、さっきスパイクを打った女子に託す。ここもスパイクの構えだ。

 ジャンプする。

 全力の一撃。

 角度のあるスパイクが飛んで――


 鏑木が拾った。


 ヘッドスライディングみたいに飛び込み、右手をボールの下に入れた。

 ボールが跳ね上がり、近くの女子が高く上げた。


「任せて!」


 星崎が打った。

 相手の、あまり動いていない女子のところへ正確に。


 これには相手が対応できず、ボールが落ちる。


 おおおおっ――!


 ギャラリーが沸いた。


「いいぞ鏑木ー!」


 俺も思わず叫んでしまった。


 そのくらい、今の飛び込みはかっこよかった。かっこよすぎて石山に抱きつきそうになったくらいだ。意味わからん。とにかく衝撃を受けたということだ。


 これで24対24。デュースにもつれこむ。ここから2点差をつけた方が勝利だ。


 女子チームは鏑木のスーパープレーで完全に流れを掴んでいた。逆に三年生チームには焦りが見え、レシーブミスが出た。


「第二セット終了です!」


 主審の男子生徒がホイッスルを吹く。


「風雅ー!」

「石山ぁ! 勝ったぞ!」

「やべぇ、めちゃくちゃ興奮してきた!」

「これはひょっとしたらひょっとする!」


 俺たちが盛り上がる横で、勝負の第三セットが始まった。


 今度は最初から鏑木がコートに立っている。


 彼女の活躍はめざましかった。

 落ちそうなボールに何度も飛び込んで拾い上げ、得点に貢献した。


 俺は感動で涙しそうだった。


 ――あたし、動けるとは思うんだけど、ブロックもできないし……。


 昨日、鏑木はそう言っていた。

 だが目の前の光景はどうだ。

 その「動ける」が最大限に活かされているじゃないか。

 鏑木はギャラリーの心を完全に掴んでいる。


「あの子めっちゃ拾うね」「かっこいいな」「リベロやれそうじゃん」


 周りからも賞賛の声が聞こえてくる。

 俺はそれが、自分のことのように嬉しかった。


 鏑木は全力でボールに食らいついている。たかだかクラスマッチなんて気持ちは、鏑木の中にはまるで存在しないのだろう。


 かわいくて、かっこよくて……やっぱり最高だよ、鏑木結乃。


     †


 試合終了のホイッスルが鳴る。

 25対23。


 わっと抱き合ったのは我らが二年二組だった。ギリギリの勝負を逃げ切り、優勝を決めた。


「風雅ー!」

「石山ー!」


 俺たちは場外で二人ハイタッチを交わした。

 帰った男子どもはもったいないことをしたな。こんなに熱い試合はなかなかないぞ。


 賞状は後日贈られることになっているので、一休みしたメンバーが体育館から続々と出てくる。


「星崎、お疲れ」

「道原君っ、私たち強かったでしょ! 今テンションおかしくて普通にしゃべれないや!」

「最高の試合だったぜ。こっちも感動した」

「それ、ぜひ結乃に言ってあげて。あの子が今日のMVPだから」

「ああ、そうだな」


 星崎が周りの女子に声をかけ、まとめて連れていく。


 少し遅れて鏑木が出てきた。俺はさりげなく近づく。


「お疲れ、鏑木」

「うん、お疲れさま」

「第二セットのレシーブ、めちゃくちゃしびれた」

「あれはほとんど反射みたいなものよ」


 話し方はいつもと同じく落ち着いているように思える。


「でも、優勝できてよかった」

「本気で練習してたんだな」

「わかった?」

「気迫で伝わったよ」

「そっか。……なんか嬉しいな」

「試合出られないかもって言ってたのに大活躍だったな。俺まで嬉しくなったよ」

「そ、そう」

「第三セットもレシーブどんどん決めてただろ? 動きのキレが際立ってたよな」

「…………」

「特に10点目のレシーブ、お見合いになってた隙間から拾ったのはマジですごいと思った」

「…………」

「あと女バレの先輩のスパイクも二回受けただろ? あれでひるまないのかっこよすぎるよ」

「…………」

「他にも――」

「も、もういいわ道原! 本当にもういいから!」


 強引に話を止められた。鏑木の顔がいつの間にか朱に染まっていた。耳まで赤い。


「急になんなの!? そんなに褒め倒されたら心臓がどうかしちゃう!」

「何それかわいい」

「もうっ、からかわないで! あたしはさっさと着替えたいから行くわね。お疲れさまっ!」


 たたたっ、と鏑木は走って行った。


「確かに……いいな」


 横に石山が来た。


「鏑木さん、あんな顔赤くしてしゃべったりするんだな。初めて見たわ」

「けっこう表情豊かなんだ」

「おれの目が節穴だったらしいな。風雅、お前やっぱ見る目あるよ」

「だろ? だろ?」


 俺のテンションもおかしくなっていた。

 今はただただ、鏑木が賞賛を集めていることを嬉しく思った。

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