23話 距離は、もうすぐゼロに
視線を感じる。
目だけ動かすと、俺を見ているのが鏑木だとわかる。
周りの女子と話している最中、一瞬だけこっちに目を向けてくるのだ。
教室の中だ。
過剰に反応すると鏑木が嫌がるかもしれないので、俺は気づかないふりをする。
「風雅」
「なんだ石山」
「鏑木さんとはその後どうなん?」
「それなりに話してる」
「へえ。そろそろつきあえそう?」
「俺はいつでも来いって感じなんだが、向こうがどう思ってるか……」
「ふはは」
「なんだよ」
「風来坊を自称する男だからな。つきあったら苦労しそうとか思ってるんじゃね?」
「……俺は迷惑をかけるつもりはない。学校だって休まなくなっただろ」
「まあな。あとはお前のノリの軽さと勢いだけで行動しちまうところに不安があるとかかな」
「そればっかりはどうにも……」
石山の言う通りだ。
俺は勢いだけで思ったことを言ってしまう癖がある。それが言葉を軽くしている。
鏑木に言った「好き」も、結局は勢いだった。
あらためて言い直したい。しっかりと向き合って。今はそんな気持ちを持っている。
ただ、できることならそこで鏑木にうなずいてほしい。
だから今は、様子をうかがっている状態なのだ。
†
放課後になって、俺はぼーっと窓の外を見ていた。
教室にはもう誰もいない。
どのタイミングで鏑木にもう一度「好きだ」と言うのか。
俺は真剣に悩んでいた。
初めて話したのは五月の連休明け。
もうすぐ七月になろうとしている。少なくとも一学期が終わるまでにはアクションを起こしたいところだが。
「道原、まだ残ってたんだ」
鏑木が教室に入ってきた。
「鏑木こそ、まだいたのか」
「なかなか来ないから、これは教室かなって」
「……俺のこと待ってたのか?」
「観察してただけ」
「どういう意味だ」
「難しく考えないで。ちょっと道原の行動が気になっただけだから」
「その言い方がめちゃくちゃ気になるんだが」
「まあまあ」
鏑木は俺の机までやってきた。
ノートや筆記用具をまだ出したままだった。
「そろそろ片づけて帰るよ」
「みんなボロボロ……」
「え?」
顔を上げると、鏑木は俺の筆記用具に視線を落としていた。グリップがガタガタなシャーペンに、小さくなった消しゴム。
「このシャーペン、小学校の時から使ってるんだ」
「えっ、替えないの?」
「なんだろうな、こういう物には思い入れが強くて、壊れるまで捨てられないって思うんだよ」
「そっか……」
鏑木がシャーペンを手にした。ゆるいグリップを持って、ゆっくり回す。
「道原って、こういうのは気に入った物を見つけたらぽんぽん替えるんだと思ってた」
「行動と道具は違うんだ。行動は直感で変えても後悔しない。形がないからな。でも、道具には思い出が蓄積されてるから、簡単には替えられない。そのせいで、俺の持ち物ってだいたい古いんだよ」
「言われてみれば、このバッグもけっこう色あせてるわね」
「中学に入った時のやつだから」
少し値の張ったバッグで、これがほしいとだだをこねて父親を困らせたのだ。結局粘り勝ちして買ってもらった時には本当に嬉しかった。だから、他のバッグに目移りすることはなかった。
「言っておくが、ケチなんじゃないぞ。食材とかにはガンガン金使うタイプだからな、俺」
「うん」
返事はそれだけだった。
鏑木はなぜか、とても穏やかな顔をしていた。
「ねえ道原」
「どうした?」
「明日の帰り、丹波島橋でちょっと話さない?」
「明日なのか」
「うん。どうかな?」
「それはもちろん。こっちからお願いしたいくらいだよ」
「よかった。じゃあ明日、みんな帰ったら橋まで来てね。あたしは先に行ってるから」
「わかった」
「また明日ね」
鏑木は手を振って、教室を出ていった。
俺の道具を見て、何を思ったのだろう。
まあいい。
鏑木の方から学校帰りに誘いがあるなんて初めてのことだ。
こうなったら、明日こそ「好き」を伝えてもいいんじゃないだろうか。
よし、やってやる。
俺は決意を固めた。
明日は、勝負の日になるだろう。
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