47話 クラスでの結乃の評価が上がった

「何か意見はありませんか~」


 六時間目。

 文化祭実行委員会の水沢みずさわあかねが困った声で言った。


 若里高校の文化祭、若高祭。

 そこでのクラス別の出し物について話し合いが進められていた。


 なかなか建設的な意見が出ない。


 それも無理のない話で、お化け屋敷やカフェ、手作り品の販売などを他のクラスに取られているからだ。


 できるだけかぶりは避けようというのが実行委員会の意思だった。


 そうなると早く出し物を決めたクラスが圧倒的に有利で、遅れるほど何をやればいいのかわからなくなっていくのだ。俺たちのクラスがまさにその状態であった。


「石山君とか……何かアイディアないですか?」

「えっ、俺? うーん、わかりません!」


 石山はあっさり諦める。


 水沢は他のクラスメイトを指名していくが、みんな曖昧な答えばかり返す。いよいよ空気が悪くなってきた。


 水沢は焦りを感じているのか、しきりに髪の毛をいじっている。黒髪のロングヘアーをいつもポニーテールにしていて、シュシュはピンク。前髪にもピンク色のピンを二つつけている。あの色が好きなんだろうな。


「じゃあ、鏑木さん、何かありませんか?」

「えっと……」


 結乃が呼ばれた。

 が、すぐには返事をしない。

 ……なんだか落ち着きがないぞ。


「あ、あの、微妙かもしれないんだけど……」

「なんでもいいよ。言ってください!」


 結乃は顔を赤くしながら、


「し、柴犬の写真館とか……」


 とつぶやいた。


 かわいい!

 恥ずかしそうにしながら言う結乃が最高にかわいい。俺は机をバシバシ叩きたくて仕方なかった。


「いいかも!」


 言ったのは星崎だ。


「うちの生徒だけだと限界あるかもしれないけど、学校の近くに住んでる人たちにも協力してもらえばいいんじゃないかな。そうすれば地域学習の一環みたいな雰囲気にならない?」


 なるほどー、と他のクラスメイトたちがうなずく。水沢もうんうんと納得している。


「他に意見ある人!」


 誰もいなかった。


「じゃあ柴犬写真館でいきましょう! 地域とつながっている高校をアピールするために、地元の方に協力してもらう形で!」


 パチパチパチと拍手が起きた。おそらく勇気を出して言ったであろう結乃の提案は、あっけないほど簡単に受け入れられた。


「鏑木さん、ありがとう。意見なくて困ってたので」

「う、うん。……言ってみてよかったぁ」


 結乃がホッとしたように笑う。

 彼女の周辺の空気がなごんだ。きっとみんな、「鏑木結乃、実はかわいい」と思っているに違いない。そうなのだ。俺の彼女はかわいいのだ。


「写真はみんなで協力して集めましょう。それぞれに撮り方があると思うので、色んな写真があった方が飽きないと思うんです。撮った人の個性も発見できるというか」


 水沢が早速具体案を出してきた。

 実行委員を自分から買って出ただけあって対応力が高い。


「なので、近所で柴犬を飼ってる人がいたら撮影許可をもらって撮ってほしいです。で、文化祭で名字だけ公開してもいいですかって訊いてください。名前があると地域密着っていう感じが出るので。……ですよね、星崎さん?」

「え? あ、うん、その方がいいと思うな」


 予期していなかった振りに、星崎の反応が鈍った。星崎は照れている結乃を見てニコニコしていたからである。


「じゃあ、これで実行委員会に提出します。皆さん協力してもらえると助かります」


 なんとか着地点を見つけて、話し合いは終わった。


     †


「鏑木さん、ああいうこと言い出すの意外だったね」

「確かに。普通に「思いつかないです」とか言いそうだったのに」

「柴犬の写真っていう発想がかわいい」

「すっごい照れてたよね。なんか鏑木さん、春先より丸くなった?」

「なったよ。話した時の感じが全然違うもん」

「わかる。最近はたまに笑ってくれるし」

「人って変わるね」

「ね~」


 ……と、女子のグループが俺に視線を向けてくる。


 放課後。

 結乃が先に教室を出ていたので、俺は残って少し間を開けるつもりでいた。そこで、グループの会話が聞こえたのだった。


「道原君、鏑木さんと上手くいってる?」

「いい感じだよ」

「わあ、隠す気ゼロか。すがすがしい」

「結乃って素はすごく優しくて照れ屋だからさ、だんだんそういうところが出せるようになってきたと思うんだ」

「彼氏の前だけじゃなくてね」

「そうそう」


 俺がうなずくと、女子勢がにやにやした。


「幸せにやってよ~?」

「もちろん、そのつもりだよ」


 口笛を吹かれた。


     †


 夕暮れ時の歩道橋。結乃がそこで風に吹かれていた。


「待たせたな」

「ドキドキしながら待ってたわ」

「なぜに?」

「六時間目のこと、風雅がなんて言うかなって」

「マジで言うとは思ってなかったよ」


 結乃の家に泊まった夜、柴犬写真館は文化祭の出し物にできるのではなんて話をした。結乃が本気で考えていたとは。


「誰もアイディア出さないから、言ってみようかなって」

「けっこう賭けだったんじゃないか? 空気悪くなってたし」

「そうね。なに言ってるのってバカにされるかもしれなかった。けど風雅のアイディアがよかったからずっと頭の中にあったの」


 えへへ、と結乃が控えめに笑う。


「あっさり決まったし大正解だったな。さすがだよ」

「ほ、褒めても何も出ないわよ?」

「ないのか」

「ほしかったの!?」

「キスとか」

「~~~ッ、そ、そういうのは今度!」


 ぷいっと結乃はそっぽを向いた。


「相変わらず遠慮ないわね」

「あの夜が忘れられないんだよ」

「他の言い方ないの!? そ、それじゃまるで……」

「まるで?」

「なっ、なんでもないっ」


 腕組みまでした。


「悪かった。デリカシーがなかったかもな」

「ま、まあいいけどね。風雅としゃべってると恥ずかしい思いさせられるのが当たり前だし」

「結乃って不思議とからかいたくなっちゃうんだよな」

「うー、いじられキャラじゃなかったはずなのに……」


 からかわれたことがないだけで、実はそういうキャラだった説がある。


「そ、それより、柴犬の写真は風雅も撮るのよ。みんなで出し合うんだからね」

「わかってる。結乃にも飼ってる家を紹介するよ」


 一気に結乃の表情が明るくなった。


「楽しみにしてるわ。ふふっ、柴ちゃんの成犬……ついに直接見られる……」


 楽しそうにしている結乃を、俺は微笑ましい気持ちで見つめていた。

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