4話 グイグイいくべきだよ
鏑木のことをもっと知りたい。
俺の中でその気持ちはどんどん強くなっていった。
とはいえ、俺は別に好かれているわけでもないし、気軽に話しかけるわけにもいかないだろう。昨日はたまたま帰りに遭遇しただけなのだから。
俺はあれこれ考えながら朝の通学路を歩いていた。以前なら石山に相談しながら通っていたものだが、あいつは去年引っ越したのでご近所同士――という関係からは離れてしまった。
学校が見えてくる。
黒塗りの高級車も見えた。ちょうど星崎が来たようだ。今日も制服を隙なく着こなし、カチューシャを挿している。
去っていく車に、星崎は小さく手を振った。ああいう性格だ。家族にも好かれているんだろうな。
――星崎に鏑木のことを訊いてみるか?
直感がそう告げた。よし、訊こう。
星崎が先行して昇降口に入った。そこにいた女子数人と笑顔で何か話したあと、手を振って別れる。今日も人気者だ。
「星崎」
「あっ、道原君おはよう。二日連続で登校してくれるなんて……すごく嬉しい」
嬉しいのハードルが低すぎる。まあ原因は俺にあるわけだが。
「実は昨日、帰り道で鏑木に会ったんだ」
「結乃に?」
怒られたことはわざわざ言わなくてもいいだろう。
「軽く話したんだが、なんだか家が厳しい雰囲気を感じた」
「そうだね。結乃のお父さんは厳しい人だよ」
「虐待とか食らってないだろうな?」
星崎がじっと俺を見つめてくる。まっすぐな視線。瞳が綺麗だ。
「ふふ」
いきなり、星崎は笑った。
「私にじっと見られて目をそらさなかった人、初めて」
「そうなのか? 捕食されるわけでもないのに」
「そういう問題じゃないと思うけど……。まあ、結乃は大丈夫。うちも目を光らせてるし、結乃自身も反抗できる子だから」
「母親は口出ししないのか?」
「いないの」
「そ、そうか」
踏み込んではいけない話題だった。
星崎が後ろに両手をやって、俺を覗き込むように見てくる。
「やけに心配するね。結乃のこと、気になるの?」
「ああ。自分でもまさかって感じだよ」
「わ、正直者だ」
星崎はにこにこしている。
「結乃にもファンができたかぁ」
「そんな感心することか?」
「あの子、人当たりきついからちょっと距離置かれてるんだよね」
「それは少しわかる」
「道原君も怒られた?」
「学校来いってさ」
「私も同感だなぁ」
だろうな。しかし俺は散歩を捨てることはできない……。
「道原君はお説教とか聞き流してそうなタイプだよね」
「正解」
「やっぱり。結乃が引かれるのって容赦なく注意とかするからなんだ。道原君はそういうの平気そうだし、結乃に興味あるなら色んな話を振ってみてほしいな。あの子が男子と話してどういう顔をするのか、気になるから」
この感じだと、鏑木が星崎の連絡先を訊かれまくっていることは知らないようだ。星崎には意地でも迷惑かけたくない、というわけか。
「ま、気が向いたらな」
「そんなこと言ってるけど実は話したくてウズウズしてるでしょ」
「どうだか」
見抜かれている……。
「がんばってみて、道原君。陰から応援してあげるよ」
「俺が危険な奴だとは思わないのか? 友達が変な奴に絡まれる心配とか……」
「道原君は他の人と雰囲気が違うんだよね。一目見ただけで違いがわかるっていうのかな」
知らないうちに評価されていた。
「あと昨日、ふと思って去年道原君と同じクラスだった女子に訊いてみたの。どういう人なのかなって」
「女子の情報網こわっ。誰に訊いた?」
「企業秘密」
「会社じゃなくて個人だろ」
「揚げ足取ると嫌われるよ? 結乃もたぶん嫌がるよ?」
「ぐっ」
星崎相手には自分のリズムが取れない。ただの清楚美人ではないようだ。
「でね、休みまくってたけど授業は真剣に聞いてたし、テストの成績もすごくよかったって教えてもらった。文化祭の準備もちゃんと出てきてくれたとか、委員会の日はちゃんといるとか。あんまり友達は作らないけど、仲良くなった人からの信頼は厚いとか」
「誰だよその情報流した奴。見られすぎてて怖いわ」
ふふふ、と星崎はわざとらしく笑って流した。絶対に情報源の名前は教えてくれない構え。押しても引かれるだけだろう。
「これは信頼できる筋からの情報なので、私は道原君のこと、信じるよ。結乃と仲良くしてあげて」
「まあ、鏑木の友達からの頼みなら断れないな」
「汚い言い回しだね」
「慎重な立ち回りと言ってくれ」
「慎重すぎるのはよくないよ。結乃は強気な子だから、攻める側も強気に行くべき」
「グイグイいけばいいんだな」
「道原君のお手並み拝見させてもらうよ」
にこっと微笑むと、星崎は校舎へ入っていった。
おとなしい女子だと思っていたが、案外気さくな人物らしい。
親友がああ言うのだ。俺も全力で挑もう。
……そういえばさっきから妙に視線を感じるな。
周りを見回すと、学年不明の男子どもがすごい目つきで俺を睨んでいた。露骨に立ち止まって見つめてくる奴までいる。
「おーい、風雅」
「よう、石山じゃないか」
「朝っぱらからやっちまったなあ」
「何が?」
「星崎さんは学年問わず男子に大人気なんだよ。そんな人と堂々と楽しそうに話してたら反感買うに決まってるだろ」
「なんだそれは。あいつは気のいい奴だぞ。軽率に行けよ」
「行けたら誰も苦労しねーよ。とにかく、お前を敵認定した男子は確実にいる。闇討ちされないように気をつけろよ」
「おう……」
理不尽である。
俺が好きなのは、星崎ではなく鏑木なのだから。
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