30話 声が聞きたくなっちゃって
今日の結乃はなんだか動きがゆっくりだ。
月曜日。
俺は結乃の様子を見て、そう思った。
「風雅、どしたの」
「別に」
石山が話しかけてくるが、頭は結乃でいっぱいになっている。
「鏑木さんになんかあった?」
「なんか、スローモーションに見えるんだよな」
「どういうことだよ」
「歩くのとか立ち上がるのがゆっくりってこと」
「お前、けっこう細かいとこ見てんのな」
「いいだろ。気になるんだよ」
「直接訊いてみりゃいいじゃん」
「まあ、そうなんだが……」
学校で話しかけるのは結乃が嫌がりそうなんだよな。俺も周りの目を気にしている状態だ。
今日、隙が見つかればいいのだが。
†
昼休み。
俺は弁当を食べ終えると、渡り廊下へ行って自販機でコーヒーを買った。昼休みの終わりが近づくと、この辺りからは人がいなくなるので落ち着いて飲める。
「こっち」
声がした。
結乃が渡り廊下を抜けて東棟へ入っていく。
なんというさりげない誘導。うますぎる。
俺は周囲を確認し、不自然にならないよう東棟へ続いた。
結乃は二階と三階の間の踊り場にいた。
辺りは静かで、人の気配もない。
「どうしたんだ」
結乃はちょっともじもじした様子で、
「ふ、風雅の声が聞きたくなっちゃって」
と言った。
俺はふらついて階段から落ちそうになった。
「だ、大丈夫!?」
「へ、平気だ。少しくらっとしただけだし」
「めまい? だったら保健室に……」
「違うんだ。結乃の言い方がやばすぎた。破壊力がやばすぎて、あー、今うまい言葉がまったく出てこない」
「ごめんね。放課後まで待てなかったの」
「全然いいさ。そこまで想ってもらえて嬉しい」
「コーヒー飲んでたし、邪魔かなって思ったけど」
「飲みながらでも話せる。これからも同じ状況だったら遠慮なく声かけてくれ」
「うん。でも、たまには風雅の方からも来てね?」
「が、頑張るよ」
できるだろうか。
結乃が教室を出たら、さりげなく追いかけていけばいいのかな。
「ところで結乃、なんか今日、やけにゆっくり歩いてるように見えるんだが」
「そうかしら」
「椅子に座る時とかもゆっくりに思えるし」
「そ、それは……」
結乃がスカートの上から太ももをさする。……足、白いな。
「ねえ、どこ見てるの?」
「す、すまん」
「謝るってことは足を見てたのね?」
「……はい」
だって、今の動きだとどうしてもつられて見ちゃうじゃん。
「綺麗だな、足」
「はうっ」
「変な意味じゃないぞ。シュッとしてていいなって思う」
「あ、ありがと……」
結乃は壁を見ていた。横顔が赤い。
「さ、さっきの話だけど」
「動きがゆっくりってやつ?」
「それ。あたし、昨日歩いたら筋肉痛になっちゃったの」
「マジか」
「普段長距離って歩かないから、あれだけでもダメだったわ」
「なんか、悪かったな」
「いいのよ。そのうち慣れるはずだし」
「その言い方だと、次があるように聞こえる」
「また一緒に歩いてもいいでしょ?」
「も、もちろんだ」
やったぞ。
今後もデートで散歩ができるみたいだ。
「でも、午後って体育あったよな。大丈夫なのか?」
「うまく言い訳して逃げるわ。たまにはいいわよね」
「いつも全力でやってるんだし、先生だって許してくれるだろ」
「だといいけどね。ちゃんと言い訳考えておかなきゃ」
予鈴が鳴った。
「もうこんな時間か。そろそろ戻らなきゃね」
「俺は自販機の方を通って行くから、結乃はまっすぐ教室戻ってくれ」
「相手してくれてありがと。でも、放課後ももうちょっと話そうね」
「おう。前みたいにな」
あの歩道橋も、「いつものところで」と言えば通じるようになっていくのだろう。
俺たちはその場でいったん別れた。
結乃は三階に上がり、俺は一階に降りる。
授業開始ギリギリになるくらいまで調整していくかな。
†
体育の授業はバドミントンだ。
私が体を伸ばしていると、結乃が先生に近づいた。今日のお昼休み、どこかに抜け出したみたいだけど道原君と話していたのかな?
「先生、昨日からランニング始めたら筋肉痛になっちゃって……見てるだけでもいいですか?」
「ええっ?」
私は笑いそうになった。
昨日は出かけると言ってたから、道原君とけっこう歩いたのかな。そのせいで筋肉痛。……なんて、あの子の言い方からすぐ予想がついちゃう。
結乃、相変わらず言い訳が下手すぎるよ。そこがかわいいんだけどね。
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