31話 髪型変えた?

「風雅、あんたどうしたの」


 家に帰るなり、母さんに驚かれた。


「言うほど変じゃないだろ」


 俺は髪を触った。


 学校帰りに美容室に寄って、ちょっとツンツンした感じに髪型をいじってもらったのだ。


「そうじゃなくて、なんか爽やかになったね。あんたはもさっとした髪型よりそっちの方が合ってる」

「もさっとしてたかな」

「正直、売れないバンドマンみたいだった」

「色んな方面に失礼だぞ」

「まあ、それならどこ歩いてても不審者扱いはされないでしょ」

「いちいち言い方がきつい……」


 俺はリビングのソファーに座った。


「好きな女の子できたの?」

「なんで?」

「あんたが見た目気にするなんてそのくらいしか思いつかないし」

「まあ、そうだよ。前にちょこっと話しただろ、女子に学校休むの注意されたって」

「言ってたね。へえ、相手ってその子なの」

「逆に惚れたね。実はもうつきあってる」

「やったじゃん。末永くお幸せに」

「相変わらずリアクション小さいな」


 俺の両親は常にこんな調子だ。

 俺に対する反応がやけにあっさりしている。無視されているわけではないし、ちゃんとお小遣いもくれるし、話して笑い合うこともあるのだが、どこか満足感に欠ける。


 贅沢なことを言っているかもしれない。だが、両親と話しても満たされない部分がある。それが、俺をこんな性格にさせたのだと思う。ふらふら歩き回っていても文句を言われない。気楽ではあるが、やはり物足りない。


 ……まあ、今は空虚な気持ちなんて起きないけどな。


 俺には鏑木結乃という最高の相手ができたから。彼女と話す時間は楽しい。何かが欠けた感覚を、結乃が埋めてくれる。


 だから俺は、毎日頑張れる。


     †


「あ、風雅おはよう……」

「おう、結乃……」


 翌朝。

 いつもの十字路。


 俺たちは出会った瞬間に固まった。


 結乃の髪型が変わっていた。

 毛先の方へ行くほど細く鋭くなっていくスタイル。シャギーと呼ぶのだったか。


「風雅、髪型変えたんだ」

「結乃こそ、けっこう毛先いじったんだな」

「そ、そこまででもないと思うけど」

「何も話してないのに同じタイミングで美容室行くなんて、俺たちかなり息が合ってきたな」

「そ、そういう問題じゃないでしょ!」


 結乃が俺の手を引っ張って建物の陰に隠れた。


「ま、まずいわよ。同じ日に髪型変えてくるなんて。つきあってるのがバレちゃう」

「心配するな。俺なんて変わってもわからないよ」

「あなたは意外に見られてるのよ。ツンツンさせてきたらみんなすぐ気づくわ」

「でも、今さら変えられないぞ」

「わかってる。いつもより気にしなきゃ……」


 あっ、と結乃が声を上げ、顔を赤くした。


「ご、ごめんなさい。あたし、バレることばっかり気にしちゃって……」


 それからニコッと笑って、


「風雅の髪型、すごくかっこいいよ」


 と言ってくれた。


 不意に褒められて、頬が勝手に緩んでしまう。


「結乃の髪型もいいな。目と合ってる」

「目?」

「なんていうんだろうな……毛先のとがってる感じと目が合わさって、強気な感じがすごく出てるというか」


 うまく説明できなくてもどかしい。


「あ、ありがと。あたしって強気そうに見える?」

「見える。先輩にだって遠慮なく注意してるだろ」

「ま、まあね。風紀を乱してる人ってどうしてもそのままにしておけないの。だから最初は、風雅のことだって許せないって思ってたし」

「今は?」

「その……大好き」


 俺は天を仰いだ。


「ありがとうございます」

「な、なんで敬語になるのよ! 今の、けっこう勇気出して言ったんだから!」

「からかったわけじゃない。というか、もう何回も好きって言ってもらった気がするけど」


 結乃は右手で鎖骨のあたりを触った。


「大好きは、初めてだもん……」


 俺は膝から崩れ落ちそうになった。恥ずかしそうに言う結乃があまりにもかわいらしく、愛おしくて、場所が場所じゃなかったら抱きしめたいくらいだった。


「結乃」

「……はい」

「俺も結乃のことが大好きだ。たまらなく好き。何度言っても足りないくらいに」

「う、うん……」


 結乃が、少しだけ俺に体を寄せてきた。


「ふふっ、嬉しいな」


 その一言だけで、俺は完全に満たされた。

 やはり、結乃がいるから今の俺はやっていける。力が得られる。


「じゃあ、学校でもあんまり髪型とか気にしないようにするよ。意識するとかえってバレやすいし」

「そうね。お互い、うまく隠しましょ」

「頑張っていこう」

「おー」


 そんなやりとりをして、俺たちは笑い合った。


 そしていきなり、結乃が俺の手首を掴んできた。さっき引っ張られた時と同じ場所。


「ど、どうした?」

「さっき思ったんだけど、風雅って手は大きいのに手首は細いのね」

「そ、そうか?」

「だって、あたしの手でもちゃんと掴めるもの」

「確かに、細い方かもな。手だって男子の中では普通だが」


 すりすり。すりすり。


「ゆ、結乃? さすられると落ち着かないんだが……」

「でも、この手でソフトボールとかも活躍してたものね。細くて強い手……」

「もしもし?」

「……あ、あっ!? ごめんなさい!」


 結乃が勢いよく俺の手を離した。


「じ、自分の世界に入っちゃってた……」

「俺の手で楽しくなれたなら、まあいいよ」

「な、何その言い方! いやらしい感じがする!」

「俺の手をさすってうっとりしてた人は誰だっけ?」

「う、うぅ……」


 よし、反撃してやったぞ。


「と、とにかくっ、しばらくバレないように頑張るわよ! せめて夏休みまでは気づかれないようにしないと!」


 恥ずかしかったらしく、強引に話を切り替えてきた。


「わかった。頑張ろうな」

「しっかりやってね、風雅」

「おう。今日も歩道橋で話していくか?」

「うん!」


     †


 夕暮れ時の歩道橋。


 結乃はずーん……と落ち込んでいた。


「バレちゃった……」

「お前、びっくりするくらい隠し事できないんだな……」


 朝、速攻で気づいた女子勢から質問攻めを受けて、結乃はあっさり陥落した。星崎があっけにとられるくらい何も隠せなかった。


 こうして、俺と結乃の関係はクラスに知れ渡ったのである。

 まあ、いずれはバレることだ。

 その時期が早くなっただけだと思えば、なんの問題もない。

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