41話 学校での密会は危険すぎる

 次の日も、俺は結乃と二人で登校した。もうもうとした熱気で参っているのか、結乃はあまり話に乗ってくれなかった。


「あ、あのさ」


 結乃がそわそわした様子で言う。


「ちょっと話があるんだけど」

「どうしたんだ」

「そこの陰で話しましょ」


 駐輪場の陰に俺たちは移動する。


「キスしたことバレちゃったから、風雅がからかわれるかもしれない。それが気になってて」

「ああ、それね」


 昨日、朝一で露見していたからな。


「あたし、頑張って守り通すつもりだったのに……」

「気にするな。むしろ結乃こそ大丈夫なのか? 噂に尾ひれがついたらまずいんじゃないか」

「あたしは、あることないこと言われるのは慣れてるから。すぐキレるとかあの目つきは親がやばいからだとか」


 ひどい偏見だ……。


「だから、もし言われるのがきつかったら教えて。あたしがそいつにガツンと言ってやるつもり」

「俺のメンタルを甘く見るなよ。スルーは得意なんだ」


 俺は結乃の腕をぽんと叩いた。


「大丈夫だって。まあ、お互いにつらいことがあったら共有しよう。それでこそつきあってる感じがする」

「……うん。そうする」


 うなずきあって、俺たちは校舎へ入った。


     †


「お二人は物陰で何をしていたのかな?」

「……たいしたことではない」


 階段を上がったら、教室から出てきた松橋に声をかけられた。相変わらず三つ編みスタイルは崩さない。薄着だと、意外に凹凸がはっきりしているのがわかる。……いやいや、どこ見てるんだよ。


「怪しいなあ。あそこはちょっとした密会にちょうどいいからねえ」

「お前、いつも見張ってるのか?」

「見える場所にいるだけだよ」

「なぜ」

「何かが起きる確率が高いから」

「密会をのぞき見るのはいい趣味じゃないぞ」

「ドキドキするよね」

「楽しまないでほしいんだが……」

「そ、そうよ。松橋さん、あたしたち怪しいことは何もしてないから」

「ほほう」


 松橋の情報網は学年中に張り巡らされている。キスの話も、もう耳に入っているかもしれない。


「まあ、何をしていてもわたしは一向にかまわないけどね」


「ふっふっふ」と笑って、松橋は教室に戻っていく。


 駐輪場の陰が危険な場所だということはよくわかった。


     †


 お昼休み。

 結乃と二人で話す時間がほしくなったので、メッセージをやりとりして、時間をずらして教室を出た。いつも俺の話し相手になってくれる石山が用事でいなかったので、抜けるのは簡単だった。


 場所は、東棟の向こうにある小屋のうしろだ。

 春、結乃が先輩たちに絡まれていたところ。クラスマッチの時にこっそり会った場所でもある。


「やっぱり、教室の中で話すにはめちゃくちゃ勇気がいるな」

「そうね。あの空気の中じゃ近づけないわ」

「学校ってやっぱり窮屈だ」

「だから休もうとか考えてない?」

「……ベツニ」

「棒読みにもほどがあるわ。莉緒には迷惑かけちゃダメなんだからね」

「わ、わかってるよ。だけどなぁ」


「あー、水やりとかマジでだるいわー」


 ……この声は石山? 用事ってこっちにあったのか!


「結乃、隠れろ」

「えっ」

「急げ」


 結乃を小屋の中に押し込む。


「ちょ、ちょっと風雅、あなたは隠れないの?」

「小屋の中で二人っきりとかアウトだろ。うまくやりすごす」


 俺は小屋の壁に張りつき、様子を窺う。


 校舎の壁に沿って花壇が作られており、石山はそこに立っていた。大きなじょうろを持って、花に水をくれている。


 幸い、まったくこちらを向く気配はなさそうだ。


「ふ、風雅ぁ」

「静かに。バレるぞ」

「こ、この中ものすごく暑いんだけど……」


 掘っ立て小屋だから当然か。


「あとちょっとの辛抱だ」

「クラクラするぅ……」


「んー?」


 石山がこっちを向いた。俺はとっさに身を引いて陰に隠れる。


「気のせいか……」


 砂利を踏む音がして、人の気配がなくなった。もう一度、花壇周辺を確認する。


 誰もいない。セーフ。


 俺は小屋の戸を開けた。


「ううぅ……」


 結乃がふらふらと出てくる。

 汗びっしょりになっていた。


「き、気持ち悪い……」


 相当暑かったらしく、ところどころ、シャツが肌に張りついている。そのせいで胸の膨らみがいつもより強調され、水色の――


「ちょっ、ど、どこ見てるのよ!」


 結乃がすかさず両腕で胸を隠した。


「まさか、本当はこれが狙いだったんじゃ……」

「か、考えすぎだ。確かに、反射で押し込んだのは悪かったと思ってる」

「……ほんと?」


 結乃の顔は真っ赤だが、今日ばかりは何が原因なのかわからない。


「本当だ。密会がバレたらやばいっていう気持ちしかなかった」

「なら、許す」

「ありがとうございます」

「ふふっ、久しぶりに敬語が出たわね」

「マジで申し訳なかった……」

「でも、風雅の言う通り学校は窮屈ね」

「わかってくれるか」

「休みたくなるほどじゃないけどね」

「チッ」

「なんで舌打ち!? あたしが一緒に休むとでも思った!?」

「思った」

「ないわね。ぜーったい、ない」


 残念だ。


「ああもう、ちょっと風に当たって乾かしていかなきゃ。このまま教室に戻ったら怪しまれちゃう」

「どういう順番で戻る?」

「風雅から行って。あたしはギリギリまで汗を乾かすから」

「了解。じゃあ、あとのことはメッセージくれ」

「わかったわ」


 俺たちはその場で別れ、俺が先に教室へ入った。


 石山が笑顔で俺を待っていた。


「どうした?」

「楽しかったか?」

「……なんのことだ」

「隠さなくていいぞ。お前たちが言い合ってるの、微妙に聞こえたから。鏑木さん、「どこ見てるのよ!」とか言ってたよな」

「なっ――」

「言っとくけど、その声が聞こえて初めて気づいたんだぞ。お前らのいた小屋の脇にも花壇あるって知ってた?」

「…………」


 石山はいなくなったんじゃなくて死角で水をやっていただけだったのか……。


「いくら積めばいい?」

「はっはっは、俺をその辺の男子と一緒にしてもらっちゃ困るな。散歩しかしてなかった親友が青春してるの、けっこう嬉しいんだ。誰にも言わねーよ」

「石山……」

「ま、学校でイチャつく時は場所をちゃんと選べよ。今日の俺みたいなイレギュラーもあるし」

「あ、ああ……」


 やはり、学校での密会は危険すぎる。

 俺は強く思った。


 その後、教室に戻ってきた結乃は、周りに怪しまれることなく午後の授業を受けていた。それだけが救いであった。

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