第2部

40話 制服の結乃はやっぱりかわいい

 今日から二学期が始まる。

 俺は久しぶりの制服を着て学校に向かっていた。


 いつもの十字路が見えてくる。

 ちょうど、結乃が角に姿を現した。


「おーい」


 道路越しに声をかける。

 結乃は俺に気づいて、小さく手を振ってくれた。

 通勤途中の車がたくさんいるから恥ずかしいみたいだ。


 歩行者信号が青になり、結乃が渡ってくる。


「おはよ」

「おはよう。夏服の結乃はやっぱり最高にかわいいな」

「あ、朝からなに!? 休みボケしてない!?」

「純粋な感想だぜ。色んな私服を見せてもらったけど、制服は特別な感じがするよ」

「つまり風雅は制服フェチなのね」

「他の言い方ない?」


 俺たちは並んで歩き始める。


「あ、莉緒だ」


 星崎の乗った黒塗りの高級車が横を走っていった。


「みんなと休み中みたいに話せるかな」

「仲良くなれたんだろ?」

「たぶん。前よりはみんな、あたしの話で笑ってくれるようになったと思う」

「だったら大丈夫だろ。結乃は心配しすぎなところあるから」

「そうだけど……」

「ところで、女子で集まると俺の話は出たりするのか?」

「…………」


 急に黙り込んでしまった。

 横を見る。

 結乃がそっぽを向く。

 だいたい察した。


「質問されまくって、今までにしたこと全部答えたんだな?」

「き、キスの話だけはしてないわよ!」

「そりゃ、おとといの話だからな。これからバレるぞ」

「そ、そんなことない! ちゃんと守ってみせる!」

「でも結乃、本気で隠し事できないからな……。今だって露骨に顔をそらしたし」

「う……で、でも、莉緒に心理テストみたいなのもやってもらったし、少しは成長したところを見せられるはず」


 結乃は拳を高く掲げて意気込んでいる。かわいい。


「じゃあ期待してるよ。星崎莉緒の友達から、鏑木結乃って認識されるようになるといいな」

「……」


 またも沈黙。

 結乃を見ると、ムスッとした顔になっていた。


「風雅の口から女の子の名前が……」

「ま、待て待て。今のは会話の流れで言っただけだから。星崎はお前の親友なんだし、別に」

「風雅が女の子を下の名前で呼ぶのも、親友が下の名前で呼ばれるのも、なんだかいや……」

「わ、わかった。これからも星崎のことは星崎って呼ぶよ」


 あれ?

 もしかしてだが、結乃の嫉妬心が強くなっている?


「でも、星崎の友達ポジションからはそろそろ変わってほしいと思うぞ。俺は変人で名前が通ってるからもう挽回不能だが」

「諦めないでよ。彼氏って変わり者らしいじゃんってけっこう言われるのよ」

「事実だ」

「開き直らない! あたしも、もっとみんなと仲良くなれるように努力するから、風雅も普通の二年生くらいまでは評判を取り戻してほしい」

「地味に難易度高いな……」


 一回尖ってしまうと、無色透明に戻るのは極めて難しいのである。


「あたし、莉緒のおかげでグループにいられると思ってた。それを変えたいって思うし、自分の力で友達作りたい。他のクラスの女子からはいつも不機嫌そうな人って印象を持たれてるみたいだし、それも変えたいわ」


「目標があるのはいいことだ」

「ずいぶん他人事ね!? 風雅も変に目立つ行動はしないこと!」

「え~、学校でも結乃と楽しく話したいな~。そういうのも変えていこうぜ~」

「う、うぐっ」

「あと、人目につかないところでキスしたい」

「や、やめてよ! 見つかったら学生生活が終わるわよ!? それは家とかでひっそりやるの!」

「家ならいいのか」


 結乃は「あっ」と焦った声を出し、口を右手で隠した。


「き、気軽にするのは嫌だからね。気持ちが高まらなきゃ」

「わかってる。大切な時間だからな」

「ともかく、お互いに評判を少しずつ変えていく二学期にしましょ。風雅にその気がなくてもあたしは勝手に努力するから」

「わかった。俺は目立たないように立ち回るよ」

「うーん……それも努力と言えないこともないわね……」


 校門までやってきた。

 以前ならここでいったん別れたものだが、今日は自然に、並んで入っていく。


 教室までの道のりも一緒だ。


 当然のように歩いたが、これもまた、小さいようで大きな変化の一つだ。

 一緒にいることを恥ずかしがっている時期は過ぎた。

 俺たちは、学校での時間が戻ってこようとも、これまでと変わらない関係を続けられると信じている。


     †


 朝の教室で、結乃がクラスメイトの女子と話していた。


「結乃ちゃん、道原君とどこまで進んだの?」

「えっ……あ、あれからは特に何も」

「キスとかした?」

「し、ししししてないわ。ホントよ」

「んー? なんか顔赤くなってきたね」

「ぜ、全っ然そんなことないわよ! き、キスとかまだ早いし」

「必死だね」

「き、気のせいよ! なーんにもやってないからねっ!」

「やったんだ……」


 俺は自分の席で、ぼうっと窓の外を見ていた。


 ……やっぱり、今回も隠せなかったか。

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