7話 美少女二人とティータイム

 土曜日。

 俺は長野駅前まで歩いて行った。

 適当に街中を見て回るだけでも楽しいものだ。

 昨日に比べると少し暑く、いよいよ夏が近づいてきたことを感じさせる。


 俺は駅近くの大型書店に入った。

 あまり本は買わない人間なので、向かうのはCDコーナーだ。ウォークマンに入れて、歩きながら聴く。ロックも好きだし、インストやフォークソングなど、その日の気分で流したいものが変わるので広く浅くだが知識は持っている。


「あれ、道原?」


 エスカレーターを上がったところに鏑木がいた。今日はクロップドパンツに薄手のカーディガンを羽織っている。


 予想外だが仲を深める好機。のがさない。


「奇遇だな」

「道原も本を買いに来たの?」

「いや、俺はCDを見に来た」

「もしかして、歩く時に聴くやつ?」

「それそれ。知らないグループのとかでも直感が働いたらとりあえず買ってみるんだ」

「そうなんだ。あたしはMVとか見てから決めるな」

「その方が間違いはないよ。好みじゃないやつだった時のがっかり感は大きいからな」


「あ、道原君」


 右を向く。歴史本コーナーの向こうから星崎が歩いてきた。水色のブラウスに白のロングスカート。私服も清楚系。ぶれないな。


「星崎もいたのか」

「今日は結乃と本を見ようって決めてたんだ」

「二人とも小説を読むのか? 勉強の本?」

「どっちもあるわね」

「私は小説がメインかなぁ。勉強は教科書と参考書があれば間に合うし」

「頭のいい人はこれだからうらやましいわ」

「えー、結乃だって成績いいじゃん」

「莉緒はいつも上位五人に入ってるでしょ」


 星崎が苦笑する。


「そういえば、道原君も去年はちょこちょこ上位十人の中に入ってたよね」

「えっ」


 鏑木が驚く。


「ほ、ほんとに?」

「まあ、期末の方は入ってたな」

「知らなかった……」

「去年は別のクラスだったからね。私はテスト順位とか気になるタイプだから、道原君のことは知ってたよ」

「俺は出席日数が危ういからテストで稼いでたんだ。テスト勉強のコツはなんとなくわかるからな」

「休みすぎな自覚はあるのね……」


 鏑木が呆れた顔をする。


「ねえ道原君、このあと暇?」


 星崎がにこにこ顔で訊いてくる。


「暇といえば暇だが」

「じゃ、どこかのカフェに寄ってかない? 結乃もいいでしょ?」

「え……まあ、あたしはいいけど……」

「俺もいいぞ」

「よしっ、決まりね。私たちは道原君のお買い物が終わるまで待ってるから」

「超速で片づけてくる」


 俺はCDコーナーへ急いだ。


     †


 鏑木結乃と星崎莉緒。

 若里高校が誇る二大美少女と一緒にカフェに行くことになるとは。

 今日、こっちに歩いてきたのは正解だった。やはり俺の直感は最強。


「へー、じゃあ自転車は使わないんだ」

「そうだな。俺はとにかく歩きだ」

「びっくりするわよね。まさか新諏訪しんすわから歩いて登校してたなんて」


 俺たちは長野駅の構内にあるカフェに入っていた。鏑木はカフェオレ、星崎が紅茶、俺はブラックコーヒー。


「だいたい新諏訪なら裾花すそばな商業の方が近かったんじゃないの?」

「近かったら面白くないだろ。俺は自分の学力で行ける、そこそこ遠い高校に進みたかったんだ」

「で、若里高校なのね」

「そういうこと」

「やっぱり、あなたってよくわからない」


 新諏訪は長野市の北寄りにある地区だ。後ろの山に抱えられる形で家が並んでいて、近くには裾花川が流れている。市街地からは離れたのどかな場所である。


 対して若里高校は、中心市街からやや南に行ったところにある。徒歩で通学すると四十五分くらいか。俺としてはちょうどいい。


「家から近いって理由で高校決める人はいるけど、ほどほどに遠いからっていうのは初めて聞いたな。面白い人だよね、道原君」

「変わり者とは言われる」

「私たちは家から学校までけっこう近いから、道原君の気持ちはわからないけど」

「そうだ、訊きたいことがあったんだ」


 俺はコーヒーで喉を湿らせてから言う。


「鏑木と星崎ってどうして別々に登校してるんだ? 家は近いんだろ? だったら一緒に通うのが普通だと思うんだが」


「あー、それか」

「難しい問題ね」

「触れない方がいいやつ?」

「ううん、気にしないで。私のお父さん、朝は必ず学校まで送ってくれる人なの。なんか娘を送るのが楽しみらしくて」

「それで車通学なんだな。帰りも親父さんが?」

「夕方はお母さん。迎えついでによく買い物とかするんだ」


 以前鏑木が言っていた通り、星崎の両親はとても娘思いのようだ。


「鏑木は一緒に乗せてもらったりしないんだな」

「誘われるけど断ってるの。お父さんに「甘えるな」って怒られるから」

「あー……」


 ここにも父親の影が見える。


「で、鏑木が徒歩で来てる理由は教えてもらえるか? 買い物は自転車なのに通学には使わないのかなって」

「あ、それ私も気になってる。結乃、この前まで自転車使ってたから」

「だ、だって、自転車よりウォーキングの方が消費カロリー大きいって、前見たサイトに書いてあったし……」

「本当なのか? チャリもけっこう体力使うと思うが」

「いいじゃない別に」

「あれ~? 結乃、体重気にしてたの?」

「う、興味持たなくていい!」

「もしかして太った?」

「きゃっ! 待って、つままないでよ!」

「調べてあげるよ~」

「や、やめっ……」


 星崎が鏑木のお腹をつまんでいるようだが俺にはテーブルが邪魔で見えない。くそ、見たい! 鏑木の顔が真っ赤になっている。かわいい!


「鏑木は気にする必要ないと思うけどな」

「きゅ、急に太ることだってあるかもしれないでしょ。あたしは心配性なの!」

「通学くらいでそんなに変わるかね」

「そのくらい、好きにさせてよ」

「反対してるわけじゃない。鏑木がそうしたいならいくらでも歩いてくれ。というか、学校帰りに話しながら歩くとかダメか?」

「そ、それはダメ! いや!」


 全力で拒否された。


「まだ早いと思うの。お互いのことちっとも知らないし」

「じゃあ、将来的には可能性が?」

「道原次第じゃないの。学校来ないなら百パーセントないけど」

「うぐ」


 意地でも登校させたいようだ。


「あ、お父さんから電話だ。ちょっと席外すね」


 不意に星崎が立ち上がった。そのまま、空いているスペースの方へ歩いていく。


「道原君、その調子」


 俺の背後を抜ける時、小さな声がした。……こういうスタンスで大丈夫なのか。少しホッとした。


「ね、ねえ道原、莉緒がいないうちに訊いておきたいんだけど……」

「おう、なんだ」

「あたし、太ってないわよね?」

「当たり前だろ」


 即答した。

 鏑木は見るからに小柄である。小顔だし腰回りも細い。これで太っているなら世の中の大半の女性は太っていることになる。


「気にしすぎだよ」

「そ、そっか。だったらよかった。ここ二日くらい、ちょっと浮かれちゃって甘いもの食べ過ぎたから……」

「何に浮かれてたんだ?」

「え?……あっ、な、なんでもないわ! 道原にはこれっぽっちもわからない話だから!」

「そ、そうか」


 必死そうなので追求できなかった。

 星崎が戻ってくる。


「ごめん、みんなで出かける用事ができちゃった。悪いけど今日はこれで帰るね」

「わかった。また月曜日ね」

「うん。道原君も今日はありがとね」

「何もしてないけどな」

「そんなことないよ~」


 星崎が近づいてくる。


「結乃と向き合って話してくれてるじゃん」


 ささやいて、さっと離れる。


「じゃ、またね!」


 テーブルに飲み物の代金を置くと、星崎は店を出ていった。


「俺たちも帰るか」

「そうね。――って、一緒には帰らないわよ? あなたは北、あたしは南」

「…………」


 さすがに乗ってはくれなかったか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る