12話 鏑木の父親が想像とだいぶ違った

 土曜日になって、俺は久しぶりに何も持たずに散歩をしていた。

 涼しい風の吹く、気分のいい休日である。


 学校の方へ行き、丹波島橋を渡って川中島まで歩いた。大きな陸橋が見えてくると、手前を左に曲がって広い通りを歩く。


 この通りにはなんでも揃っている。

 スーパーも家電量販店も洋服屋もカラオケも焼き肉屋もある。店の豊富さなら中心街にも引けを取らない。


 俺は道路を渡ってお値段以上が売りのインテリア用品店に入った。

 買うわけではないが家具を眺めたい気分だった。


 ベッドコーナーへ行っていろんなマットレスの寝心地を確かめる。どれも品質が良さそうだ。親から譲り受けた布団で寝ている身からすればなんでもいいものに思える。


 あー、このマットレスめちゃくちゃいいぞ……。


 反発具合が絶妙で睡魔が襲ってくる。


 …………。

 ……。


 ゆさゆさ。ゆさゆさ。


 ……誰だろう、俺を揺さぶっているのは。


 目を開ける。

 鏑木が俺を覗き込んでいた。


「な、何やってんだ鏑木!」

「それはこっちの台詞! なんでお店の布団で爆睡してんのよ!」

「あれ、寝てたか?」

「すやっすやだったわ。来たとき焦ったんだから」

「無視すればよかっただろう」

「嫌よ。知り合いが恥をばらまいてるせいでこっちまで落ち着かない気分になるもの」

「そうか。そいつは悪かった」


 俺はベッドから降りた。


「君は結乃の友達か?」


 男の声がして、俺は思わず上を見た。

 鏑木の背後にがっしりした体つきの男が立っていた。身長は俺と同じくらいだが、シュッと引き締まっていて無駄がない。そしてきついツリ目。

これは説明されなくてもわかるよ。


「もしかして、鏑木のお父さんですか?」

「そうだ。娘と仲が良さそうだね」


 ギロッと睨まれる。


「鏑木とは同じクラスなので、何かとお世話になってます」

「鏑木、か。呼び捨てにするんだな」

「同級生にはみんな同じようにしてます」

「嫌がられないか?」

「はっきり言われたらさすがに変えますね」

「我の強そうな男だ」


 父親の横で、鏑木がものすごく居心地悪そうにしている。指を組んだり首のあたりを触ったり。


 今日の鏑木は白いブラウスに黒のフレアスカートだった。私服でスカート姿の鏑木を見るのは初めてだ。新鮮。かわいい。最高。


「私は結乃の父親で大輔だいすけという」

「道原風雅です。よろしくお願いします」

「ほう、君があの道原君か」

「どの道原君ですか?」

「欠席が多い道原君だ」

「縛られるのは好きじゃないんです」

「よく、教師の前でそういうことが言えるな」


 そういえば鏑木の父親は教師だと言っていたな。


「学校が嫌いなわけじゃないですよ。ただ、自分を優先したいだけです」

「そんな人間があふれたら社会は成立しない」

「やるべきことはやります。どうでもいい日は休みます」

「はっきり言う男だな。私に対してそこまで口の回る相手はなかなかいない」


 なんでこの人こんなに高圧的なんだ? 生まれつきの癖なのか?


「得意な教科は?」

「ずば抜けたものはないですけど、強いて言うなら国語ですかね」

「小説の読解問題について意見はあるか?」

「作者ではなく問題作成者にとっての正解を答えるようになってしまってるのでよくないと思いますね。まあ小説を読み解こうとする努力そのものが大切、というのなら特に反論はしませんけど」

「なかなかやるな」

「それほどでも」


 なんで勝負になっている?


「テストの点数はいいのか?」

「上位十人には何度か入りました」

「ほう、なかなかに実力者のようだな。それで欠席のマイナス点を埋めている、というわけか」

「どうでもいいですけど、バトル漫画のキャラみたいなしゃべり方しますね」

「漫画など読まん」


 つまり素でこれなのか。そりゃ鏑木も疲れるわけだ。


「あ、あのさ、お父さん」


 鏑木が大輔さんに声をかける。額に汗が出ていた。


「あたし、下の階でカーテン見てるから」

「うむ。話が終わったら行く」

「み、道原、じゃあね」

「おう、また学校でな」


 鏑木が小さく手を振って離れていった。


「なかなかやる」

「またそれですか?」

「結乃が手を振る男。一体何者だ?」

「そのキャラ疲れませんか?」

「質問をはぐらかさないでもらおう」

「鏑木とは帰りに話したり、一緒に困ってるおばあちゃんに手を貸したことがあるんですよ。それでなんとなく仲良くなりましたね」

「もっと仲を深めるつもりか」

「できれば」


 ふ……、と大輔さんが遠い目になった。


「世辞だとしても、娘がそう言われると悪い気はしない」

「言い回しがめんどくさいですね。あとお世辞ではなく本心です」

「君は本気で結乃と仲良くなりたいのか」

「はい」

「どこを気に入った?」

「まず目つき。そして、強気の中に垣間見えるもろさのようなものに惹かれました」


 待ってくれ。

 俺も相手の言い回しにつられている。


「ふ……、なかなかやる」

「何度目ですか?」

「結乃はあまり人に好かれない。目つきのせいで、いつも不機嫌に見えるのが悪いのだそうだ」

「そう思う人がいるのはわかります」

「人への当たりもきつい」

「俺はあのくらいがちょうどいいんです」


 がしっ、と両肩に手を置かれた。


「あの子にそこまで言ってくれる人物には初めて会った。同性ですら結乃を扱いかねているというのに」

「鏑木はいい人ですよ」


 ぐっと、肩に置かれた手に力がこもった。震えている。


「今日の出会いはとても大きな収穫だった。私のせいで、結乃は人間関係をうまく作れない子に育ってしまった。それを悔いている」

「でも、よく喧嘩するって話だそうですが?」

「私もこの性格を貫いてきたから、今さら娘の前で膝を折ることはできない」


 めんどくさすぎる。


「だから君に頼みたい。どうか結乃を助けてやってくれ。莉緒ちゃんもいるが、異性にもそれができる存在がいてほしい」

「全力を尽くします」

「いい返事だ」


 大輔さんが離れた。


「期待しているよ」


 人差し指と中指を合わせて「ピッ!」とポーズを決めると、大輔さんは鏑木の元へ向かった。


 俺は笑いそうになった。

 鏑木の父親……どんな人物なのか気になっていたが、想像と違いすぎておかしかったのだ。

 お堅い人なのは事実だろうが、厳しさ一辺倒というわけでもなさそうだ。


 この瞬間、俺は鏑木と仲良くすることを父親に認められた。

 この先も、グイグイ距離を縮めていくぜ。

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