5話 まずは話し相手から

「こら! 階段でしゃべってたら教室移動するクラスが詰まるでしょ! 空けて空けて!」


     †


「もう! 水道の前を占拠するのはダメだって言ってるじゃないですか! 先輩方には前も注意したと思うんですけど!」


     †


 ……うーむ、すごい奴だ。


 俺は鏑木と話すべく、朝から隙を窺っている。しかしなかなかいいタイミングが掴めない。そのせいで鏑木の無双ぶりを見せつけられている。星崎によると、鏑木は別に風紀委員でもないのだが、場を乱している奴が無視できないのだそうだ。


「ちょっとそこの男子! ポケットからハンカチ落ちそう!」


 やり過ぎ感はある。

 言わずにはいられないというのも理解できるが、どうしても強引な印象を受けてしまうのだ。もしやあれは、厳しいと噂の父親に似たのだろうか。父親ってどんな人なのだろう。


 俺の両親は好きなことをやらせてくれる。面倒を見てくれないとも言うのだが、おかげで俺は反抗期を経験せずここまで来た。俺と鏑木の家庭では方向性が違いすぎる。


 噛み合わないか……?


 そんな気持ちも湧いてくる。


     †


「弱気になるなんてらしくねえぞ」


 放課後の教室で、俺は石山と話していた。


「まずはもっとよく話さなきゃ何もわからないだろ」

「それはそうなんだが……」

「この前は普通に話せたんだろ? 同じノリで攻めるんだよ」

「あれは向こうが通りかかったからだ。よく考えたら、まだ一回も自分から行ったことがない」

「行けよ」

「そんな気楽にいけたら苦労せんわ」

「お前には同じ言葉を返したい。星崎さんと仲良く話してる奴が何を言ってやがる」

「星崎は普通の女子だから」

「うわっ、なんかうぜぇ! みんなの憧れに対してなんて暴言!」

「暴言ではないだろ……。星崎は話しやすいよ」

「くそっ、俺も一回くらいそういう余裕見せたい!」

「お前も星崎派なのか」

「そりゃね。だいたいの男子はそうだよ」

「鏑木もかわいいと思うんだがな」

「それは認めるよ。けど、正直に言うと神経質っぽい気がするんだ」

「繊細なんだろ」

「んー、でも色んなことにめちゃくちゃ口出ししてきそうなところがちょっと怖い」

「だいたいの男子がそう思ってる、と」

「そういう話はけっこう聞くよ」

「面白くないな」

「でも、風雅が行ったら何か変わるかも」

「そんな都合のいい話があるか?」

「あるある」


 俺は考え込んだ。

 とりあえず、鏑木があの性格のせいで人気がない、という事実だけはよく理解した。


     †


 昇降口で石山と別れて帰路についた。

 今日はどこへ寄り道していこうか。家までのルートをあれこれ考えながら歩く。


「道原」


 不意に呼びかけられた。

 左を向いてギクッとした。

 コンビニから鏑木が歩いてきたのだ。


 鏑木は俺のところまでくると、ジトッとした目を向けてくる。


「何か、あたしに言うことない?」

「…………ない、と思うが」

「そうやって逃げる気ね!」

「どういう意味だ?」

「今日、一日中あたしのこと尾行してたでしょ! ちゃんと気づいてたんだからね!」

「ああ……」


 バレていたようだ。


「釈明なら聞いてあげる」

「えらく上からだな」

「だって怖かったもん」


 まずいぞ。圧倒的に俺が不利だ。


「言っておくが、俺はストーカーしてたわけではない」

「じゃあ何が目的?」

「鏑木と話がしたかった」

「どんな話よ」

「世間話」


 鏑木がぽかんとした。

 もう逃げられないのでここは星崎に言われた通り攻め込むしかない。


「昨日、帰りに話しただろ。あれがけっこう楽しくてさ、また話せないものかと……」

「そ、そうなんだ」

「…………」

「…………」


 き、気まずい。空気が重すぎる。


「た、楽しかったの? あれが?」

「お、おう」


 鏑木の顔がだんだん赤くなってきた。彼女は親指と人差し指をすりすりとこすり合わせる。


「そんなこと言われたの、初めて……」


 小さなつぶやき。


「あ、あのだな、別に無理しなくていいんだぞ。俺が一方的にそう思っただけだから。お前が嫌なら……」

「い、いいけど」

「え」


 鏑木は落ち着かなそうに髪の毛をいじり始めた。


「た、たまになら話し相手くらいしてあげる。あんまり面白いことは言えないと思うけど」

「そんなこと心配しなくていい。そういう時間をもらえるだけで嬉しいんだ」

「なんであたしなの? みんな莉緒の方へ寄っていくのに」

「前に言っただろ。目を見た瞬間――」

「あ、待って! 思い出したら恥ずかしくなってきた!」


 ぶんぶんと鏑木が必死で手を振る。


「ねえ、あれ本気なの? 好きとか言われても、あなたのこと全然わからないし……」

「俺も、あれは唐突で悪かったと思ってる。完全にその場の勢いしかなかった」

「だから、話し相手から始めたいってことなのね」

「できれば」

「その上であなたのことをフッても、逆恨みしないでよね」

「い、いいよ。そこは鏑木に任せる」


 なんだこれ。

 何かのゲームが始まったかのようだ。期日までに鏑木の好感度を最大にできなかったらフラれる……みたいな。


「まあ、話したくなったら声かけて。あたしは待ってるだけだから」

「わ、わかった」

「じゃあね。あと、引き続き学校来ること」

「了解……」


 鏑木が早足で俺の横を抜けていく。


 ……攻めた結果がこれか?


 無駄にハードルだけ上がった気がした。


     †


 ……夜、私が部屋で本を読んでいるところに、結乃から電話がかかってきた。


『莉緒、今いい?』

「いいけど、どうしたの?」

『帰りに、道原とちょっと話してきた』

「認めた?」

『うん』

「なんでつけ回してたの?」

『なんか、あたしと世間話したかったんだって』


 私は噴き出しそうになる。

 道原君、攻めろとは言ったけど不器用だなぁ。


「それで、結乃はどうするの?」

『向こうが話したいって言うなら、ちょっとくらいは相手してあげようかなって……』

「無理してない?」

『し、してない。そんなこと言う男子、初めてだし。なんか気になるっていうか』

「もしかして、意識しちゃってる?」

『な、なに言ってんのよ! あんなへんてこな奴、あたしは別に……全然、これっぽっちも……』


 おお?

 結乃が必死になってる。

 男子からのお誘いはこれまでなかったもんね。否定はしてるけど、心は揺れてるんじゃないのかな。


『と、とにかくそういうことになったから、まずは話してみるわ』

「がんばれ、結乃」

『う、うん』


 おやすみを言って、電話を切る。

 結乃と道原君。

 一見噛み合わなさそうだけど、私は案外、しっくりくる二人になるんじゃないかと思ってる。


 だから今日、道原君がついてきてるよって教えてあげたんだ。


 結乃はあんまり笑わない。

 昔からそう。

 私はいつも、もっと楽しそうにしてほしいって思ってきた。でも、私には結乃を変えることができなかった。


 道原君に相談を持ちかけられた時、結乃を変えてくれるのはこの人なんじゃないかなって、直感で思ったの。


 私は、もっと結乃の笑顔が見たい。

 そのためのきっかけに、道原君がなってくれることを本気で願っている。


 がんばってよ、道原君。

 あなたにかかってるんだから。

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