73話 将来、お店を開いたら?
ガガガガ……と目の前で機械が動いている。
明日のための秘密兵器だ。
もうすぐ準備が整う。
これを見て結乃がどういう反応をするか。喜んでくれるといいのだが。
†
「あらためまして、あけましておめでとうございます」
「おめでとう」
礼儀正しい結乃、かわいい。
一月四日。
俺は昼過ぎに結乃の家にやってきていた。
雪の少ない正月だった。ただ寒いだけで、たまにちらつく程度。このまま雪もだんだん減っていくのだろうか。
結乃はイージーパンツにセーターを着ていた。
「大輔さんはいないのか?」
「ちょっと前に出かけたわ。また気をつかわれたみたいね」
「じゃあ、上がっていいか」
「もちろん。どうぞ」
居間に入り、こたつに入る。
俺はバッグから新聞紙で包んだかたまりを出して、台の上に置いた。
「わ、重たそう。これは?」
「開けてみてくれ」
結乃が包装を解く。長方形の白いかたまりが整列していた。
「お餅だったのね!」
「その通りだ」
我が家は知り合いの農家から米を買っている。餅米も買うので、今回は餅つき器を使って作ってきたのだ。昨日作り、今日の出かける直前に固くなった餅を切って大きさをそろえてきた。
「風雅が作ったの?」
「ああ。餅つき器の使い方は知ってるんだ。よかったら結乃にも食べてもらいたいと思ってさ」
「嬉しい……。なかなかこういうのって食べられないから」
「早速昼飯にしてもいいぞ?」
「じゃあすぐに焼くわ!」
結乃が立ち上がった。
俺が三つ、結乃が二つ食べることにする。
網の上で、炙られた餅が少しずつ膨らんでいく。
「やっぱり、風雅ってすごい」
「急にどうした?」
「あたしもお料理はするけど、風雅みたいに本格的にはできないもの。お餅があれば焼くけど、餅つきからやろうとは思わないし」
「物好きなだけさ」
「またさらっと言うんだから。前のバーベキューだってそうよ? あなたにとっては当たり前にできることでも、あたしにとってはすごく新鮮だったりするんだから」
「うーん、まあ下準備が必要な料理もけっこうやるからな。見た目に凝る方じゃないが」
「将来、お店とか開けばいいんじゃない?」
「いいかもしれない」
「え、冗談のつもりだったんだけど」
「いや、将来についてはときどき考えるんだよ。どう考えても製造とか事務とかできない性格だから。そうか、飲食店はありだ」
「個人のお店を開いたら、あたしが手伝ってあげる」
「いいね。その頃には…………」
微妙な沈黙が挟まった。
その頃にはもう夫婦になってるかもしれないし――なんて言いかけた。しかし、いま言うことでもないような気がして、最後まで言えなかった。
「……その頃には、一人で色んな料理を作れるようになってるかもしれないからな」
「今の間はなんだったの?」
「な、なんでもない。それよりもういいんじゃないか? だいぶ膨れてるぞ」
「あ、ほんとだ」
結乃が皿に餅を移した。
居間に戻って二人で食べる。結乃は海苔を巻いて醤油をつける。俺は醤油だけだ。
「風雅は海苔とかいらないの?」
「俺はシンプル派だからこれだけが一番好きなんだ」
「砂糖醤油とかは?」
「食べないな」
「どうやら方向性の違いが生まれてしまったようね。はぁ……」
「ま、待て。そこは個人の自由じゃないのか?」
「ふふっ、すぐ慌てるんだから」
「か、からかったのか」
「あわあわしてる風雅も好きだから」
俺は無言で餅を口に入れた。
「ごめんね、すねないで」
「結乃にいじめられてしまった」
「えっ、あ、あんまり深刻に考えないで? ちょっとした冗談だから」
「ちょっとの冗談が刺さる時もあるんだよなぁ……」
「ええっ? ふ、風雅……その、怒ってる?」
「……」
「ご、ごめんなさいぃ……」
「ははっ、冗談だよ」
「うぅ、からかい返された……」
しょんぼりする結乃を見て、俺は思わず笑ってしまった。つられたのか、結乃も笑い出した。
「これ、お互いに落ち込むふりしてたら永遠に続くやつよね」
「無益な争いはやめようか」
「そうね。じゃあ風雅、仲直りの印に一口あげる」
「いただきます」
結乃が箸で伸ばしてきた餅を、俺はかじる。
「結乃も醤油だけのシンプルなうまさを味わってくれ」
俺も同じように返す。
「うん、これだけだと餅米の味がよくわかるわ」
「海苔があるのも悪くないな」
自然とこういう形に落ち着くのが、俺たちの関係だ。
仲良く食卓を囲んで、午後の時間がゆっくり流れていく。
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