84話 進路希望、なんて書いた?

「いいのかな、学校帰りにこんな贅沢しちゃって……」

「父さんがいいって言ったんだからいいんだよ」


 週明けの放課後。


 俺と結乃は、以前柴犬の写真を撮らせてもらった里村食堂にやってきていた。


 昨日、結乃と話して盛り上がった俺の父さんが、いつもより多くおこづかいをくれた。


「結乃ちゃんと贅沢な食事でもしてこい」と言ってくれたのだ。そっけないようで照れ隠しのようにも見える言い方だった。


 しかし贅沢な食事と言われても俺には店が思い浮かばない。それに、学校帰りに制服のまま寄れる店がいいな……と考えると、高級レストランは即座に除外される。


 散々悩んだ末に出した答えは、「里村食堂で高いメニューを頼む」だった。


 そういうわけで俺の前には海老天丼が、結乃の前にはオムライスが置かれている。


「これじゃ今夜のご飯は食べられないわね。お父さんに作ってあげるだけにしよっと」

「迷惑だったか?」

「そんなことないわ。風雅のお父さんの好意、しっかり受け取らなきゃ」


 こういうところで遠慮しない結乃の態度がとてもありがたい。申し訳なさそうにされると、気まずい空気になってしまうのだ。


「風雅、進路希望なんて書いた?」


 食べながら結乃が訊いてきた。

 今日は六時間目のロングホームルームで進路調査があったのだ。


「俺は思い切って長野栄養専門学校って書いたよ」

「わ、いよいよ本気になったのね!」


 結乃が嬉しそうな顔になる。


「一年制の学校だから、卒業したらどこかの飲食店で修行する。で、ゆくゆくは自分の店を持つ、と」

「イメージがしっかりしてるわね。いいなぁ」

「結乃は?」

「女子短大、受けようかなって思ってるの」

「お、進学するのか」

「お父さんが苦労するだけだから就職でもよかったんだけどね。もうちょっと勉強しておけって言われて、そういう結論になったわ」

「大輔さんは収入のことで結乃に進路を諦めてほしくなかったんだよ」

「って言っても、あたしは将来のビジョンが見えないんだけど」


 うかがうように俺を見てくる。


 ……俺の家で好きなことをやってくれ。


 そう言えたらどれだけ気が楽か。

 まだまだ俺には言えなかった。


「進学してから考えたって遅くないさ」

「そうかなぁ」

「そうだよ。でも、四年制の大学は考えなかったんだな」

「さすがに四年はあたしが耐えられないと思って。今でも、早く働きたいっていう気持ちがあるから」

「意識高いな。俺なんてぼーっとして暮らしたいぞ」

「もちろん、お休みの日はあたしだってぼーっとするもん」

「そういう時は横にいたいな」

「いつでも遊びに来て。風雅に寄りかかってお昼寝するから」

「いいねぇ」


 そんな未来がやってくるのなら最高だ。


「あと少しで卒業式ね」

「そうだな」

「……来年はあたしたちなのよね」

「ああ」

「その先も、うまくやっていけるかな」

「大丈夫だ」


 俺ははっきりと言った。


「俺たちはこんなに仲良くやれてるんだぞ。この関係が壊れるなんて、俺には想像つかないね」

「……ありがと、風雅。あたしだって、そんなに不安はないから」

「少しはある?」

「ゼロとは言えないわね」

「じゃあ、いつかゼロにしてやる」


 結乃がひかえめに笑った。


「期待してるわ」


 食事が終わったので、お盆をカウンターまで持っていく。


「あらぁ、持ってきてくれたのね。ありがとう」


 頭にバンダナを巻いた里村さんが笑顔を見せる。


「今日もうまかったです」

「すごくおいしかったです。ごちそうさまでした」


 ぺこりと頭を下げる結乃。さすが、礼儀正しい。


「仲が良さそうで何よりだわぁ。今日もシロに会っていく?」

「えっ、いいんですか!?」


 結乃が食いついた。


「せっかくだからね。あたしは洗い物あるから、勝手に裏へ回ってくれていいわよー。自由にやってもらっていいから」

「ありがとうございます!」


 結乃が俺の手を掴んだ。


「行きましょ、風雅!」

「おう」


 俺は手を引っ張られるままに任せる。


 いつか……もし人生がめちゃくちゃうまくいって、庭のある家が建てられたら柴犬を飼いたい。俺と結乃で、その子を愛情たっぷりに育てるのだ。


 そんな将来を思い浮かべながら、俺は里村食堂の裏庭に回り込んだ。


 少し先には、俺たちを見つけて尻尾を振っているシロの愛らしい姿があった。

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