18話 星崎の手の上でコロコロされてる

『クラスマッチお疲れ。

 明日、打ち上げってことで学校の近くのマックに行かないか?』


 ……という文章を打ち込んで、決定ボタンを押せずにいる。


 クラスマッチが終わった日の夜である。

 俺は自分の部屋で携帯をじっと見つめていた。


 ……これってほぼデートの誘いだよな……。


 鏑木を誘って、何か食べながらおしゃべりできたらと思ったのだが、果たしてそう都合良くいくだろうか。


 以前駅前で会ったのは偶然で、だからこそコーヒーを飲みに行く流れが自然にできた。


 今回はそうではない。

 俺から誘うのだ。鏑木は来てくれるだろうか?


「ええい、なるようになれ」


 とはいえこのまま迷っているだけでは何も始まらない。

 俺は思い切って決定を押した。


 画面に俺の文章が表示される。

 ちょっと経って、既読マークがつく。


 さあ、どうだ……?


 しかしなかなか返事は来なかった。

 リアクションに困っているのが想像できる。


「心臓に悪すぎる……」


 頼む、ダメなら諦めるから返事を……!


 畳の上でゴロゴロのたうちまわっていると、返信を告げる音がした。

 俺は跳ね起きて画面を開く。


『莉緒と一緒でもいいかな?』


 ……うん、まあ、それでもいいや。


     †


「お疲れさまー!」

「お疲れ」

「お疲れっしたー」


 翌日。

 俺と鏑木、星崎の三人は学校の近くにあるマックに来ていた。


 鏑木は白いシャツに膝までの青いスカート。星崎はベージュのワンピースを着ている。


 四人がけの席で、俺の向かいに鏑木と星崎が並んでいる形だ。


「いやぁ、優勝ってやっぱ最高だよね~」


 星崎が嬉しそうに言う。

 それぞれのハンバーガーと飲み物がテーブルの上に並んでいる。コーヒーは俺だけだった。


「これで鏑木の人気も上がりそうだな」

「い、いらないわよそんなの。あたしは変に注目とか集めたくないから……」

「でも見てる人多かったから、結乃を気にする人は増えるかもね」


 うーん、どうにも……。


「面白くないな」


 俺のつぶやきに、二人がピクッとした。


「道原君、何が面白くないのかな?」

「あ、いや、独り言だ」

「へえ~?」


 星崎がニコニコし始める。


「結乃の魅力に気づいてるのは自分だけでいいってことかなぁ?」

「な、何を言ってるんだ星崎!」

「そ、そうよ莉緒! それじゃまるで――」

「まるで?」

「な、なんでもない……」


 俺と鏑木は黙り込む。

 鏑木の顔が赤くなっていた。俺もたぶん同じだ。


 くっ、星崎にうまいこと回されているぞ……!


「同時に黙り込むのも息が合ってるね」

「し、仕方ないだろっ」

「ち、違うっ! あたしはそんなつもりなかったし!」

「あ、道原君は息が合うのは仕方ないんだって。ほほう~?」


 しかも追い討ちまで上手いだと!?


「ほ、星崎、じわじわ締めつけるのは勘弁してくれないか……」

「え? 私なんかやっちゃった?」


 その台詞知ってるぞネット小説とかでよく使われるやつだ!

 星崎が言うと腹黒をごまかしているようにしか見えない!


「てか二人とも、食べないの? 冷めちゃうよ」


 さらっと言って、ハンバーガーを食べ始める星崎。こいつ、もしかしたら俺より自由人なんじゃないか?


「い、いただきます」


 鏑木も食べ始める。ハンバーガーでもちゃんと挨拶するなんてかわいいな。


 俺も二人に合わせてハンバーガーにかぶりつく。

 鏑木は下を向いて食べているので表情がよくわからない。


 横を見ると、星崎がニコニコしたままケチャップを人差し指に乗せた。


 なんだ?


 星崎はその指を、ほっぺにこすりつけるマネをする。そして、小さく口だけ動かす――やってみて――と言ったのだろうか?


 俺はそっと、鏑木をうかがった。まだ下を見ている。


 ごくっと、俺はつばを飲み込んだ。


 鏑木に「ケチャップついてるわよ」とすくってもらう流れ。しかし、今の好感度でそのムーブは発生するのか……?


 星崎は何事もなかったかのようにメロンソーダに口をつけている。


 操られているようで若干しゃくだが、物は試し。


 指でつけると不自然になるので、鏑木側の頬にケチャップがつくように、わざと口の左側にハンバーガーを寄せて食べる。ついた。


 鏑木が顔を上げた。目が合う。


 さ、さあどう出る?


「ふふっ」


 鏑木が口に手を当てて控えめに笑った。


「もう、道原ってば、ほっぺにケチャップついてるわよ」


「そ、そうか」


 取ってくれなさそう。

 俺が手を動かそうとする前で、鏑木が自分のトレイに乗っていた紙ナプキンを差し出してきた。


「綺麗にしときなさいよ」


 鏑木は穏やかな顔で言う。俺は紙ナプキンを受け取って、ケチャップをふいた。


 鏑木の横で星崎が、ギリギリ見える位置でサムズアップしていた。


「あ~、けっこう食べちゃったね。しばらく食事に制限かけないと」

「あたしも。最近すごく気になるし」

「まだ気にしてるの? 結乃はスタイルいいって」

「ストップ! またそうやってお腹を触ろうとしてるわね!」

「バレたか」

「たまには莉緒のも触らせなさい!」

「あっ!? ちょっ、結乃っ、あはは、く、くすぐったいよ……!」

「これまでのお返し!」

「ひあっ、待って、変な声出ちゃうから……」


 この流れで居づらくなるの、前にもあったな……。


 鏑木の反撃で大ダメージを負ったらしい星崎がイスからずるずる滑り落ちていく。


「許して……」

「ふふん、あたしの気持ちが理解できたようね」


 鏑木は得意げな顔で立ち上がる。


「ちょっとトイレに行ってくるから」


 そのまま席を外した。


「ふーっ、マジでやばかったぁ」


 星崎が復活した。


「道原君、やっぱり君がいるだけで全然違うね」

「そうか?」

「私と二人きりの時、結乃はあんなに表情変えないし、今みたいに反撃もしてこない。道原君と話すようになってから、間違いなく結乃は変わってる」

「それはいいことなんだよな?」

「もちろん。この調子で頑張って。結乃の変化を見るのが最近の私の楽しみなんだから」

「期待に応えられるように頑張るよ。ところでこのあとなんだが――」

「私と結乃はお洋服を見に行くよ?」


 俺はうなだれた。


 まあ、丸一日つきあう義理なんてないものな……。

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