27話 正直な鏑木がいとおしい
「やあ道原君」
「うおっ!?」
朝、階段の角を曲がったら松橋が現れた。
今日も三つ編みを肩の前に垂らす、いつものスタイルだ。
「いつもより早かったね」
「家を出るのが早かったからな。まだ星崎も来てないだろ」
「そうだね。ちょうどいい」
「何が?」
「鏑木さんとつきあい始めたよね?」
「…………」
「わたしの目はごまかせないんだなぁ」
「何が狙いだ。金か?」
松橋が噴き出した。
「道原君、それは闇の人々がやるものだよ」
「だってお前、脅してるようにしか聞こえなかったぞ」
「告白に成功したことは否定しない?」
「……まあ、しないが」
「そっか」
「頼むから、バラさないでくれよ。いつかはわかると思うけど、まだ早すぎる」
「しょうがないな。で、口止めには何を?」
「やっぱ脅してるじゃないか」
「冗談だよ」
「お前のは冗談に聞こえないんだよ」
「信用ないなぁ」
どうも、松橋と話していると自分のペースを握れない。
「道原君の何がよかったんだろうね。ギャップかな? 風来坊とかほざいているのにちゃんと仕事を手伝ってくれるところとか、クラス全体のイベントにはしっかり参加してくれるとか」
「ほざくって言い方はひどくないか……?」
「それとも、ちょっとこだわったポイントに絶対気づいてくれるところかな。髪型少し変えただろとか、リボンゆるゆるじゃないよなとか」
「……あのさ」
「うん」
「お前、めちゃくちゃ俺のこと見てないか?」
「……っ、べ、別にそんなことはないと思うよ? 女子はこれくらい普通に見てるから。本当だよ」
「しかし」
「本当だよ」
「…………」
一応、納得したことにしておく。
その時、下から足音がした。
「あれ? 道原に松橋さん」
鏑木だった。
今日はお互いに星崎よりも早かった。なぜこんな日に限って……。
「何かお話?」
「ま、まあな。去年クラス同じだったからたまに話したりするぞ。な」
「ふふ」
「おい、なんだその反応! ちゃんと答えないと誤解されるだろ!」
「はは」
「くっ、こいつ!」
「けっこう仲いいのね……」
「待ってくれ鏑木、お前が想像しているようなことは一切起きていない」
「な、なに勝手に人の想像を捏造してんのよ!? 全然なんにも考えてなかったし!」
「そ、そうか? だったらいいんだが……」
「道原君」
「お、おう」
「わたし、そろそろ教室に戻るよ。じゃあね」
それだけ言うと、松橋は本当に教室へ入ってしまった。
俺と鏑木だけが残され、微妙な空気も置かれたままになっている。
「鏑木」
「なに?」
「とりあえず教室行こう」
「そうね」
反応が冷たいのは気のせいですか?
†
「道原って人と関わってなさそうに見えて、意外に女子と仲良くしてるわよね。莉緒とか松橋さんとか」
二組の教室にはまだ誰もいなかった。
「鏑木を入れて三人だけだ。あとは本当に関わりがない」
「充分じゃない。莉緒も松橋さんもかわいいし」
「鏑木が一番かわいい」
「う……今日も直球ね」
「言っただろ。俺はまず鏑木の目に惚れて、それから好きなところが増えていったんだ。はっきり言うところとか、姿勢がいいところとか、ちょっと不器用なところとか」
「う、うん……。不器用は不本意だけど」
「だからその……俺もなるべく気をつけるから、誤解しないでもらえると助かる」
「誤解なんてしてないわよ」
では、なぜそんなにテンションが下がっているのだろう。
「ただ、さっき松橋さんを見て、「あっ、道原と楽しそうにしてる。ずるい」って考えちゃったの。そんなこと考える自分が嫌になったというか……」
鏑木は素直に打ち明けてくれた。
そうか。
俺に対してではなく、自分の気持ちのせいで落ち込んでしまったのか。
「あたしは道原を束縛したくはないの。自由人だものね。だから他の女子と話してたって気にしないつもりだったんだけどな」
「鏑木、ありがとう」
「な、なによ急に」
「そこまで考えてくれてたことが嬉しい。彼女が鏑木でよかった」
「それ言うの、まだ早いんじゃない?」
「でも本当に嬉しいんだぞ。俺は絶対恵まれてる」
「道原はなんとも思わないの? あたしはあのくらいで嫉妬しかけたのよ?」
「そういう思いを正直に話してくれる鏑木だから、好きなんだよ」
「~ッ……」
鏑木が机に突っ伏した。
「あなた、ほんとに言葉の選び方がずるい」
俺は鏑木に近づく。
誰も見ていないことを確かめてから。
「何かまずいことが起きた時は、俺もちゃんと鏑木に打ち明けるよ」
「うん……。迷わずに話してね」
「約束する。ほい」
「なんだか懐かしいな」
俺たちは、静かな教室の中で指切りげんまんを交わした。
「今日も、帰りにあそこで話していかないか」
「いいわよ。楽しみにしてる」
†
放課後、俺は鏑木より先に教室を出た。
一足先に、約束の歩道橋へ向かわせてもらう。
昇降口を出たところで松橋とすれ違った。
「や、また会ったね」
「おう。もう帰るのか?」
「そのつもり」
松橋がすばやく近づいてきた。一気に耳元へ顔を寄せてくる。
「お、おい!?」
「――お幸せに」
松橋の顔が離れた。そして、いたずらする子供のようにニコッと笑うのだった。
「また、時々かまってあげるよ。じゃあね!」
小走りに学校を出ていく松橋。俺は思わず、ささやかれた左の耳を触っていた。
「ありがとな、松橋」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます