22話 鏑木結乃の本心

 月曜日もいつも通りに始まった。


「おはよう星崎さん」

「今日も髪の毛綺麗だねー」

「日曜どこか行った?」


 みんなが私に話しかけてくれる。


 そう、これはいつも通り。


 いつも通りじゃないのは、私の心。


 昨日の、結乃との会話を思い出すだけで「うあ~!」と頭を振り回したくなる。


     †


「あれ、結乃出かけてたの?」

「うん、莉緒は?」

「私は家でゴロゴロしてた。……自転車ってことは買い物とか?」

「道原と会ってたの」

「えっ、偶然?」

「ううん、唐揚げ作ったから食べない? って誘ったら来たのよ」

「お、お昼ご飯を! ごちそうしたんですか!?」

「なんで敬語になるのよ」

「だ、だってだって、結乃が自分から男子に声かけるなんて規律を乱してる奴以外ありえないはず……」

「なんだろう、道原は近くにいても嫌じゃないのよね」

「え、えええっ……」

「なんか、声かけるのも自然にできたし。あ、聞いて。あいつね、メッセージ送ったらすごい食いついて電話かけてきたの。笑いそうになっちゃった」

「…………」


     †


 あんな話を聞かされて、冷静でいられますか?


 いや無理!


 なんでつきあってないのあの二人は! 私は本気で理解できないよ?


 道原君のおかげで結乃はいろんな表情を見せてくれるようになった。前より気さくに返事をしてくれるようになった。おかげで今は、会話をする女子の数も増えている。


 道原君の力はものすごいのだ。


 だからこそわからない。なんでつきあわない!?


 休日にわざわざ予定を合わせて会う。一緒に手料理を食べる。


 こんなことが自然にできるのに……。


「おはよう」


 結乃が教室に入ってきた。周りの女子が「おはよー」と返事をする。これも、今までにはなかったこと。


 特にクラスマッチのあとから、みんなが挨拶を交わすようになった。結乃の全力プレーを目にして、見直したのだと思う。


「莉緒、おはよ」

「うん」

「……なんか、機嫌悪い?」

「そんなことないよ。ちょっとうずうずしてるだけ」

「うずうず? どうして?」

「それだよ、まさにそれなの」


 結乃が首をかしげる。


「ちょっと来て」


 私は結乃の手を取って教室を出た。

 ひとけの少ない、東棟の階段まで移動する。


「どうしたの莉緒。いつもと感じが違うわよ」


 やっぱり、この子は私の変化によく気づく。


「あのさ、結乃って案外天然なのかなって」

「え?」

「ほらー!」

「きゅ、急にそんなこと言われても困るんだけど」


 私はぐいっと、結乃に顔を近づける。


「結乃、自分では気づいてないのかもしれないけど、道原君とめちゃくちゃ仲良くなってるんだよ」

「…………」

「道原君は、結乃のことが好きだって言ったんだよね? じゃあ、結乃が返事をすることで関係はステップアップするんじゃないかな?」

「……うん」


 結乃がリボンに手をやった。


「そうよね。あたしはもう告白されてるのよね」

「そうだよ」


「あたしは、どうなりたいんだろう……」


 小さなつぶやき。


「あたし、たぶん道原に惹かれてる。告白に答えてもいいのかもしれない。でも、その先のことが想像できないの」

「その先?」

「道原は、あたしの返事がほしいからかまってくる。これでつきあうようになったら、逆に道原の興味が冷めちゃうんじゃないかって……」


 結乃がハッとした顔になった。


「やっとこの感情を言葉にできた……あたし、道原に学校休むみたいに気まぐれを起こされるのが怖いの」

「結乃……」


 この子は不安を感じていたんだ。

 確かに道原君はちょっと浮いている人で、考えが読みにくいところがある。


 結乃を口説き落としたところで道原君が満足してしまったら。

 結乃とはいつでもやりとりできるからと、道原君がまた学校を休むようになったら。


 無意識に、結乃はそれを恐れていた。だから告白のことを考えないようにしていたんだ。


 ……私、いらないおせっかい焼いてただけだったんじゃ……。


 私まで不安になってきた。

 道原君と仲良くしてほしいと思って、何度か手を回した。大切な友達が傷ついてしまうことなんて考えていなくて……。


「空回りしてたなぁ」

「莉緒?」

「私、結乃と道原君の距離が縮まったらいいなって勝手に応援してた。でもそれって自己満だったのかも。引っかき回してただけで」

「そんなことないわ。莉緒がいなかったら、あたしはこんなに道原と仲良くなれなかった。感謝してる」

「結乃……」

「でも、もう少しだけ考えさせて。もし後悔することになってもかまわないって思い切れたら、あたしは道原に答えるつもり」


 私はただうなずくしかなかった。


 ああ、私ってばどこまで浮かれてたんだろう。結乃に彼氏ができるかもしれないなんて一人ではしゃぎ回ってさ。


「おう、二人ともこんなところで何やってんだ?」


 その声に、私たちは硬直した。


 なぜか、道原君が東棟側の階段から上がってきたのだ。


「み、道原? どうしてこっちから?」

「いや、軽く走ったらのど渇いてさ。自販機からだとこっちから上がった方が近いだろ」

「そ、そうなんだけど……」


 結乃が焦っている。私も同じだ。

 今の会話を聞かれていたらどうしよう。


「な、何か聞こえた?」

「いや。自分のジュース飲む音って意外に大きいんだよ」

「そ、そう」


「ああそうだ。鏑木、昨日はありがとな。やっぱり、俺は学校でもああいうことしたい。鏑木が弁当作るの大変だっていうなら俺が作るから、また一緒に食べようぜ」


「う、うん……」

「俺、野外で作ったりするから料理は慣れてるんだぜ? 期待してくれていいから。じゃ、先に教室行ってる」


 一気にしゃべると、道原君は行ってしまった。


 私たちは顔を見合わせ、苦笑した。


「ほんとにずるいわ、あいつ」

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