53話 こ、これがあなたの本気!?

 土曜日。

 久しぶりに、結乃と休日に会うことになった。


 いつもの十字路で待っていると、結乃が歩いてくるのが見えた。グレーのパーカーに青のスキニー姿。


「最近、お休みの日に会ってなかったわね」

「学校帰りに色んなところへ行ってたせいだろうな」

「それで、今日はどうする? 風雅のやりたいことに合わせるわ」

「じゃあ、歩こう」


 結乃が笑った。


「さすがは風雅。期待を裏切らないわね」

「退屈なら遠慮なく言ってくれよ。彼女に無理はさせたくないから」

「ぜーんぜん。風雅と一緒に歩くのは楽しいわよ」

「じゃ、行くか」

「うん」


 俺が歩き出そうとすると、結乃が体を左右に揺らした。何かに迷っている時の仕草だ。


「どうした?」

「あのさ、手をつないでもいいかなって」

「……もちろんだ」


 不覚。

 せっかく一緒に歩くというのに忘れていた。


 俺は結乃の左手を取った。俺が車道側を行くのだ。


 まずは丹波島橋を渡る。


「いよいよ来週は若高祭ね」

「展示にどういうリアクションされるかだな」

「発案者はあたしだから、けっこう責任感じちゃうな」

「たぶん受ける」

「適当に言ってるでしょ」

「そ、そんなことはない。柴犬は最強だぞ。みんなニヤニヤするに決まってる」

「だといいけど……」

「結局、写真はどのくらい集まったんだ?」

「三百枚くらい?」

「うちのクラス張り切りすぎだろ」

「わんちゃんってついついたくさん撮っちゃうのよね」

「気持ちはわかる」


 俺だって結乃と柴犬が一緒の写真は撮りまくった。……ん? これは目的が違うか。


「全部は貼りきれないよな」

「ええ。だから代表メンバーでどれを貼るか来週中に決めるつもり」

「柴犬審議会というわけだ」

「そ、そんなお堅いものじゃないし。わいわい選ぶのよ。風雅も参加する?」

「いや、俺はやめとく。冷やかされるのも嫌だしな」

「それもそうね」


 橋を渡りきって歩道を進む。


 歩調を結乃に合わせているつもりだが、あまり意識しなくても平気だ。結乃の歩くスピードが上がっている気がする。


 そのまま歩いて、川中島のショッピングモールまでたどり着いた。俺が予想していたよりだいぶ早い。


「結乃、疲れてないか?」

「平気よ」


 ふふん、と結乃が得意げな顔をする。本当に余裕がありそうだ。


 急に体力がつくとは思えない。すると思い当たることは一つ。


「もしかして、一人で歩いたりしてる?」

「……ま、まあね」


 道理で合わせるのが簡単なはずだ。


 結乃は落ち着きなさそうに指をすりすりする。


「あ、あたし、前に風雅とここまで歩いた時にリタイアしてバス使っちゃったでしょ? あれが悔しくて、風雅に気をつかわずに歩いてほしいって思うようになって」

「それでトレーニングしてたのか」

「最近は朝軽く走ってるの。どう? ちゃんとついてこられたでしょ?」


 結乃がニコッと笑った。


 ……ううっ、こんな人の多い場所じゃなかったら今すぐにでも抱きしめたい!


 そのくらいドヤ顔の結乃はかわいらしかった。


「帰りもちゃんとついてくから、風雅のペースで歩いていいわよ。あたしは余裕だから。ふふっ」

「めちゃくちゃ楽しそうだな」

「だって、風雅に特訓の成果を披露するのが楽しみだったんだもん。いつ散歩に行こうって言い出すか待ってたんだから」

「そこまでかよ」


 やっぱり、耐えきれない。


「あっ、風雅!?」


 俺は結乃を抱きしめ、ぎゅっと引き寄せて、すぐに離した。結乃は一瞬で赤くなっていた。


「俺、本当にいい彼女に恵まれたんだなって感動してる。ありがとう結乃。泣きそうなくらい嬉しい」

「も、もう、大げさね。あたしは風雅の好きなことになるべくついていけるようにしたいって思ってるの。そのために頑張るのも楽しいし」


 メンタルが強すぎる。俺は幸せ者だ。


「さあ、ちょっとお店の中を見たら戻りましょ。今度は駅の方まで行ってコーヒー飲む!」

「そうだな! 普段の調子で歩いていくか!」


     †


「こ、こんなはずじゃ……」


 結乃が両膝に手をついてダウンしていた。


「ほ、本気の風雅、速い……」

「なんか、すまん」


 帰り道。

 俺はいつも散歩する時のペースで歩いた。最初こそ並んでいた結乃だったが、徐々に離れてきて、頑張って近づいての繰り返しになった。


 俺が合わせようとすると、「甘く見ないで!」と言い張るので同じペースで歩いていたら、ついに結乃が力尽きたのである。


「こ、これがずっと散歩し続けてきた人間のスピード……。ま、まだ修行が足りないのね……」

「…………」


 大輔さんがたまにバトルマンガのような言い回しをするが、こうして結乃を見ていると、やはり親子なんだなあと思わされる。


「まあ、今日はゆっくり帰ろう」

「うぅ、次は見てなさいよ……はあ、はあ……はぁ……」

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