54話 ガールズトーク

 私と結乃は、そろって放課後の写真選定作業に参加した。


「莉緒は柴犬好き?」

「もちろん。丸っこくてかわいいよね」

「飼わないの?」

「うーん、面倒見る自信はあんまりないかな……」

「……そうよね」


 結乃が少しだけがっかりしたように見えた。

 私に飼わせて毎日会いに来る魂胆だったのかな?


 文化祭のクラス展示。その選定作業のメンバーは全員女子だった。男子は誰も手を挙げなかったのだ。うちのクラスの男子は文化祭にあまり興味がなさそうな感じ。


 そういう男子は去年のクラスにも多かった。

 手伝ってはくれるけど、いざ当日にはお休み、みたいな。


 道原君なら参加してくれるんじゃないかと期待していたけど、彼も手を挙げず、普通に帰ってしまった。


「鏑木さん、道原君に参加してってお願いした?」


 文化祭実行委員の水沢茜が結乃に話しかける。


「したけど、選ぶのは任せるって言われちゃったわ。貼るのはやるらしいけど」

「どうしてかな。女子ばっかになりそうなのが嫌だったのかな」

「そうかも」

「まあ、仕方ないか。それじゃあ選んでいきましょ~」


 女子八人で選定を始めた。

 四人ずつ二つの机に分かれてスタートだ。私と結乃は同じ机。


 みんなやたらと写真を集めてきたので、一枚ずつ吟味するのは時間がかかりすぎる。なので、手に取った人が「これは!」と思ったものをみんなに見せる形で進める。


「これかわいいと思う!」


 結乃が声を上げた。


「ねえ莉緒、いいと思わない?」

「おっ、なんか面接用の写真みたい」


 お座りしているわんちゃんを真っ正面から撮った写真だ。まっすぐすぎて自然と笑ってしまう。


「みんな、これどう?」


 私が訊いてみると、すぐみんなから「いいね」と返事をもらった。


「これもかわいい!」

「どれどれ」


 結乃から写真をもらって確認する。これも承認された。


「かわいい!」

「これいい!」

「最高っ!」


 ……結乃のラッシュが止まらない。みんな苦笑気味に承認する。


「鏑木さん、すっごいテンション高いね」


 メンバーの一人、藤村美咲が話しかけた。


「ご、ごめんなさい。柴犬大好きだから、つい夢中に……」

「あ、別に責めてるわけじゃないんだ。ただ、鏑木さんってクールなイメージあったから意外というか」

「そ、そう?」

「クールっていうかサバサバ系だよね」


 茜が入ってくる。


「大きくリアクションしたところって見たことなかったんだよね。なんか新鮮でかわいいなぁ」

「か、かわいい? あたしが?」

「え、美人じゃん」

「うそ……」

「うわー。莉緒ちゃん、この子自覚ないらしいよ」


 私は腕組みをする。


「結乃、そういうのはよくないよね」

「ええ!?」

「かわいさには自覚を持たないと」

「そ、そんなのできるわけないでしょ! だいたい、あたしはかわいくなんか……」

「結乃はかわいいよ。でしょ、茜、美咲」

「うんうん」

「同感」

「お、お世辞はいらないわよ?」

「いやいや」


 茜がにやっと笑う。


「鏑木さんは変わったからね。前はいつもムスッとしてたからわからなかったけど、最近はめっちゃ表情豊かじゃん? だから「あっ、美人だ!」ってなるわけですよこれが」

「そ、そうかしら」

「道原君の力かな。つきあうようになってからどんどん変わってるよね、鏑木さん。うらやましいな~」

「う、うぅ」

「てか、道原君にはかわいいって言われないの?」

「言われる、けど……」

「じゃあ自信持ちなよ~」

「ぶっちゃけ、道原君ってどうなの。いい人?」


 茜と美咲がそれぞれ言う。


「す、すごくいい人よ。ちょっと風変わりだけど、優しいし色んなことにしっかり気づいてくれるの」

「観察力あるのはいいねえ~」

「ポイント高い」

「で、彼氏の家にお泊まりは?」

「し、してないし家の場所も知らないわ」

「えー!」


 茜が大げさに反応する。


「だってもうキスまではいったんでしょ。なのにまだなの?」

「あ、あたしたちはスローペースで進めるって決めたから。あんまり慌てるのもよくないかなって」

「なるほど。でも家の場所くらいは知っててもいいんじゃないかなぁ」

「ね。遊びに行くくらいはね」

「う、うん。確かにそうかも……」


 茜と美咲の言葉に、結乃は眉を寄せていた。道原君とはすごく順調に進んでいるように見えるけど、案外基本的なところが抜けてたりするんだよね、この二人。


「じゃあさぁ、道原君は鏑木さんの家に来たことある?」

「……えっ? さ、さあ?」

「あ、来たんだ」

「鏑木さん、めちゃわかりやすいよね」

「う、うぐ……」


 さすが結乃。今回も超速でバレている。


「でも、家で変なことはしてないわよ。一緒に花火したとか、そのくらいで」

「別に追求しないって。ね~美咲」

「そうそう。楽しいならそれでよし」

「あ、ありがと……」


 結乃は恥ずかしそうにお礼を言う。


「鏑木さんがつきあい始めてからクラスも変わったよね」


 茜が言った。


「そ、そうかしら」

「みんな鏑木さんに注意されるのを警戒してたっていうか。鏑木さん怖いって雰囲気あったと思うんだよね」

「う……」

「でも、今の鏑木さんって「めちゃかわいい」ってなってるの。前よりいいリアクションくれるし、笑ってるとき多いじゃん? おかげでこっちも話してて楽しいんだ」

「あたし、変わったのかな……」

「ほんと、鏑木さんって自覚ないよね~。そこがらしさなのかもしれないけど」

「水沢さん……」


 そのやりとりを、私は笑顔で見つめていた。


 クラスの空気が変わったことは、みんな感じ取っていると思う。結乃と道原君だけはわかっていないかもしれないけど。


 でも、こうして女子仲間から言ってもらったことで、結乃も周りに気を使いすぎることはなくなるんじゃないかな。


 春先から結乃は大きく変わった。


 笑顔の結乃が見たい。私じゃ力が足りなかったから、誰かに結乃を変えてほしい。


 そんな思いから道原君を手助けして、今に至る。


 道原君の力は私の想像を遙かに上回った。

 いつもムスッとしていた結乃がここまで変わるなんて思わなかった。


 同級生の友達もできて、結乃の生活は中学から大幅に変化している。おせっかいかもしれないけど、私はそれを嬉しく思う。


「おっと、だいぶ横道にそれちゃったね」


 茜が腕時計を見た。


「さあ、ぱっぱと選んでいこう! 六時までには帰るぞ~!」


 おー! と声を合わせて、私たちは写真の選定作業に戻った。

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