32話 放課後の教室でトランプを

「んー……こっち!」

「残念だったな」

「くっ……」


 放課後の教室。

 俺は自分の机を挟んで結乃とにらみ合っている。


 俺の手には一枚のトランプ。結乃の手元には二枚。


「どっちかなぁ」

「さ、さあね」

「こっちか?」

「うっ」


 俺が右側のカードに手を伸ばすと、結乃が焦った顔をした。


「こっちかもしれないな」


 左のカードを触ると、ちょっと嬉しそうな顔になる。ああ、こっちがジョーカーだな。


 俺は右のカードを引いてフィニッシュを決めた。


「う、うぅ、あっさり二連敗……」


 結乃がぐったりする。


「結乃、やっぱり隠し事ができなすぎるよな」

「……わかってるわよ。だから相手してもらってるんじゃない」

「ほんとに効果あるのかね、これ」

「い、いいでしょ! たぶん効く! 心理戦を繰り返せば隠し事くらいできるようになるわ!」


 正直かなり疑わしい。


 だが、結乃がやりたいというので俺はババ抜きにつきあっている。わざわざ持ってきてくれたのだから、強引に帰るなんて彼氏としてダメだろう。


「じゃあ、三回目をやろうか」

「今度こそ勝ってみせる」


 俺たちはカードを切って配り、勝負を始めた。


 昨日、結乃は女子勢の質問攻めを振り切れず、つきあい始めたことを話してしまった。本人はそれをとても悔やんでいるらしく、メンタルを強化したいと言われた。


 なので、教室に残っているクラスメイトが全員帰るまで渡り廊下で待った。誰もいなくなったので、戻ってきて対決を始めたわけだ。


 結乃の表情をうかがう。「あっ」と声を上げそうになったのを、俺は見逃さなかった。


 俺の手元にはジョーカーがないから、それを見つけて反応したのだろう。わかりやすいなぁ。


「さ、さあ、どこからでもかかってきなさい」

「じゃあこれ」


 一番左を引く。

 そこからテンポよく互いにカードを減らしていった。


 結乃の手持ちが二枚。俺は一枚になった。これでジョーカーさえ引かなければ勝ちだ。


「これ」

「……よしっ」


 引いてしまった。結乃が目を閉じていたので反応で読めなかった。俺はカードをいじって並べ替える。


「なあ結乃」

「ふふん、なに?」


 めちゃくちゃ得意げになっている。


「感情、出まくってるぞ」

「あうっ」


 結乃が残ったカードで顔を隠した。


「こ、こんなんじゃダメよ。あたしは質問攻めなんかで崩されない鉄の女になるって決めたの。心を静めて、能面のような顔を作らないと」

「それは認めないぞ」

「なんでよ!?」

「だって、結乃のいいところって表情が豊かなところだし。その長所を捨てるくらいなら、秘密を全部しゃべるくらいたいしたことじゃない」

「たいしたことあるわよ! それもう秘密でもなんでもない!」


 俺は笑顔を作った。


「慌ててる結乃、かわいいよ」


「嬉しくないー!」


 はあはあと結乃が息を荒くする。そして、ハッとした顔になった。


「だ、ダメよ! こんなにヒートアップしてたら鉄の女なんて夢のまた夢なんだから!」

「だったらここで本気の勝負といこう。まずこの二枚の中から一枚選ぶんだ」

「よ、よーし」

「ちなみに、ジョーカーはこっちだ」

「なっ!?」

「騙し合いだぜ。俺の心が読めるか?」


 結乃が無言になって、俺の目を見つめてくる。

 俺もじっと視線を合わせ、真剣な表情を作る。俺がジョーカーだと指さしたのは左。本当は右がジョーカー。結乃は俺の言葉を信じるか、それとも信じないか……。


「じゃあ、こっちっ」


 結乃が引いた。右である。


「あっ――」

「かかってしまったようだな」

「くぅ、やってくれたわね……!」


 その後、結乃のわかりやすすぎる反応を元にカードを引いて、俺が三連勝を決めた。


「うう……やっぱりこの性格は直らないのかしら……」

「そんな簡単に直せるもんじゃないさ」


 俺は机に突っ伏している結乃の肩に手を置いた。結乃が顔を上げる。


「風雅?」

「でも、俺は結乃の守りが弱いところ、愛嬌あっていいと思う。完璧すぎると俺も合わせられないし、今の結乃が一番好きだぞ」


 率直な想いを伝えると、結乃はまた両腕の中に顔を埋めてしまった。


「あたしが秘密守れなくても、怒らない?」

「ああ。でも、最初から諦めないでほしいとは思う」

「そうね。……頑張ってみる」


 息を吐き出すと、結乃は立ち上がった。バッグを肩にかける。


「帰ろっか。風雅、相手してくれてありがとう。楽しかったわ」

「こちらこそ、楽しかったよ」


 俺も自分の荷物を持って席を立った。

 そこに結乃が座ってたんだぜって言ったら、石山はどんな顔するかな……。


「あ、そうだ。一ついいか」

「なに?」

「最後の最後、結乃は俺がジョーカーだって指さしたのと逆のカードを引いたよな」

「そうね」

「俺が嘘をついている可能性は考えなかったのか?」

「うーん……」


 結乃は少し黙ってから、


「ちょっと考えたけど、風雅に騙されてドキドキするのもいいかななんて、思っちゃったりして……」


 そう言って恥ずかしそうに笑った。


「さ、先に行ってるわよ!」


 結乃が小走りで教室を出ていく。

 俺はすぐには追いかけられなかった。


 彼女の言葉がずんずんと胸の奥に響いて、顔が熱くなってしまったからだ。

 夕日じゃごまかせない。

 この顔は、見られたくない。


 俺はもうしばらく、教室から出られなかった。

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