71話 年越しはゆずってあげる

 二学期最終日。

 終業式が終わって、あとは帰るだけになった。


 結乃はさっき、先生に呼ばれて教室を出ていった。俺は戻ってくるまで待つつもりだ。


「ねえ道原君」


 星崎が近づいてきた。俺と結乃の関係を知れば、結乃と星崎の関係もみんな知る。おかげで、最近は俺が星崎と話していても睨まれなくなった。


「大晦日はどうするの?」

「まだ決めていないが、結乃とお参りに行こうと思ってる」

「やっぱり」

「何かあるのか?」

「私、毎年結乃とお参りに行ってるからさ」

「ああ……」


 そうだよな。

 結乃と星崎は親友だ。家も隣り合っているし、一緒に年越しを過ごすのは自然なことだろう。


 今年はどうする。

 結乃に選ばせるのか?

 それは少し残酷な気がする。


「星崎、頼みを聞いてくれ」

「聞きましょう」

「三十一日の夜は、結乃と一緒にいさせてほしい。お願いします」


 俺は頭を下げた。


「ま、そうなるよね」

「結乃に選んでもらうのはよくないと思うんだ。あいつは絶対に迷って答えが出せなくなる。だから、俺の方からお願いしたい」

「ふうむ」


 星崎が腕を組んだ。

 しばらく黙り込む。しかし、表情は別に厳しくない。


「しょうがない、今年の年越しはゆずってあげるよ」


 やがて、星崎は言った。


「い、いいのか?」

「いいとも。結乃も、きっとそうしたいと思うんだよね。道原君から伝えてもらえるかな?」

「ああ、任せてくれ」

「結乃につまらない思いさせちゃ嫌だからね?」

「わかってる」


 星崎がふっと笑った。


「じゃあ道原君に託した。私はこれで帰るから、結乃によろしく言っといて。よいお年を~」

「よいお年を。今年は、本当にありがとな」

「いえいえ。道原君のおかげで私も楽しかったよ」


 カバンを握ると、星崎はもう一度俺を見た。


「そうだ、結乃が気にするかもしれないからもう一個だけ伝言お願いしていい?」


     †


「なあ結乃。大晦日は一緒に善光寺ぜんこうじへお参りに行かないか」


 善光寺。

 長野県下でも有数の観光スポットだ。年末年始は大勢の参拝客でにぎわう。


「うん、そうね……」


 隣を歩く結乃の返事は小さい。


 いつもの十字路が見えてくる。

 クリスマスから数日経ったが、前のように思い出して恥ずかしくなるようなこともない。


 ただ、今日の結乃は元気がなさそうだ。

 その理由はなんとなく察しがつく。


「結乃、もしかして星崎のことを気にしてるのか?」

「な、なんでわかったの!?」

「大晦日っていえば、家族か友達か恋人かみたいなところがあるだろ。誰と過ごすかってさ」

「さすがにやるわね、風雅。あたしの悩みを見破るなんて」


 言い回しが大げさでかわいい。


「あたしも、風雅とお参りに行きたいって思ってる。でも、莉緒とはこれまでずっと一緒に年越しをしてきたから、急に行かなくなるのは冷たいかなって思って……」

「やっぱり、元気がないのはそこで迷っていたからか」

「うん……」

「実は、星崎から許可をもらったんだ」

「え?」

「年末、結乃と一緒にいていいという許可をな」

「莉緒が言ったの?」

「そうだ。勝手だが交渉させてもらった。……まあ、結乃が星崎と過ごすならそれでもいいけど」


 十字路の角で、俺たちは完全に足を止めていた。


「風雅が莉緒と話し合ったのなら、あたしは風雅についてく」

「一緒にいてくれるんだな」

「ええ。一緒にお参りね」


 よかった。

 年越しだけは特別、と言われる可能性もあったのだ。


「で、星崎から結乃にお願いがあるそうだ」

「莉緒から……なんて?」

「元日の昼、お参りについてきてほしいそうだ」


 これが星崎から預かった伝言だ。

 結乃がようやく笑顔を見せた。


「そうね、風雅も莉緒も大切だもの。二人とお参りしたい。あたし、また莉緒に電話するわ」

「そうだな。それが一番いいと思う」

「風雅、ありがとう」

「礼なんて――」

「うまくやりくりしてくれたんでしょ? おかげですごくホッとしてるの。どっちか選ばなきゃいけないって落ち着かなかったから」

「うまいところにはまったか?」

「ええ。安心してお参りに行けるわ」

「ならよかった」


 星崎に話を切り出したのは俺だ。が、結局は星崎が華麗に立ち回っただけのような気もする。


 気づかいの細やかな親友なのだ。結乃が迷うのも当然だろう。


「じゃあ、次に会うのは大晦日かな」

「そうね。大掃除しないといけないから。お父さんの学校で使ってる教材もたまには片づけなきゃ」

「俺も、結乃が遊びに来てもいいように掃除するかな」

「冬休みに乗り込んじゃうかもしれないからね」

「マジか。それは手を抜けないな」

「お互い頑張りましょ。おー」

「おー」


 こつん、と拳をぶつけた。


 一年の終わりは、すぐそこまで来ている。

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